殺そうとした医者、殺した医者
私は医者が嫌いだ。「信頼してないぞ」と顔に出るのだろうか、医者の方も大概はイヤな顔をする。前にも少し紹介したが、あの時の経験がさらに私を医者嫌いにした。
もう十年以上も前だが、私は病院通いをしていた。
健康診断の腹部超音波検査で見つかった影が癌ではないかと疑われたからだ。通常のX線、CTとやっても、目標が小さいためはっきりしなかった。入院しての炭酸ガス動注法による超音波検査では、目標の輝く時間が短かったので、癌だろうというのが主治医の見解であった。
それでも私は、生まれて初めての超音波検査で初期の癌が発見された、という偶然を信じられなかった。そういう「幸運」などではなく、ずっとその大きさでそこに存在していた(つまり悪性ではない)のがたまたま最初の検査で見つかったと考える方が妥当だと思えた。
私がいつまでも手術に踏み切れないのを見て、主治医は「逡巡すべきではない。早く決断しないと手遅れになる。全体に広がったらもう手が付けられない」と言うのだった。そして彼は勝手に手術の方向に話を進めて行くのだった。
次の診察は、執刀担当の外科部長(なぜか私の主治医は手術はしないことになっていた)の診察を受けることになった。行ってみると長蛇の列で、予約時間もなんのその延々と待たされた。外科部長にはベテランの看護婦が一人付きっきりであった。まるで過保護の母親に甘やかされた「スポイルド・チャイルド」のように彼女の言いなりになって「稼ぎ頭」役をこなしているように見えた。ロボットのようで滑稽だった。「こんなヤツに切られてなるものか」と思った。
手術する患者だけが、外科部長の診察を受け、スケジュールを調整することになっているようで、彼は明らかに機嫌を損ねた。「彼(私の主治医)がそういうのなら間違いない。早く手術した方がいい」と言った。幸い時間がなかった。手術をしない以上、私にかけられる時間はゼロだったのだろう。私は解放された。
次回、主治医の診察を受けた時が大変だった。突然「超音波検査をやる」と言い出した。今までは検査前の診察の際に検査の予約日時と「朝食を摂らずにくること」と書いた紙をもらって来るのが常だった。ところがその日は突然検査になった。案の上何も見えない。
彼はそこで「そらごらんなさい。悪くなって広がってしまったから見えないのだ。」と言い出した。私もそうなのか、困ったことだと一瞬思った。だが、きっと彼は外科部長から「手術の決断をさせずに自分のところに送り込むとは何事か」と大目玉を食らったに違いない、と思い直した。再度手術を促す言葉にも「家族と相談して来ます」と誤摩化して帰ってきた。
後にこの話を友人から紹介された医者にすると「見つからないのはむしろ大きくなっていない証拠です。あなたのは小さくて見つけにくいところにあるので、機械の精度が悪いとかガスが溜まっているとか条件が悪ければ、見えないのが普通です。」と言っていた。実に分かりやすい説明である
当時は「セカンドオピニオン」という言葉はまだ知られていず、当然視もされていなかったせいもあるだろうが、他の医者(大病院と小さな病院、2カ所)に行ってもまともに相手にしてはくれなかった。
困った私は、横浜の病院で働いていた高校時代の同級生を頼って、別の医者を紹介してもらった。私の友人は「できる男」で病院でも相当の地位についていたので、そういうことが可能だったのだろうが、私の通っていた病院から、検査結果やカルテを取り寄せて彼の信頼する医者に渡してくれた。超音波検査とMRI、血液検査から「癌ではないでしょう。念のため半年に一回超音波検査に来て下さい」と彼は言った。「もう来なくていい」と言われるまで2年ほど通った。
私の友人からも呆れた話を聞かされたことがあった。ある同僚が今日も手術で誤って動脈を切ってしまい、患者を死なせてしまった、と言うのである。前にもそいつはそういうことがあったそうで、またあったことに呆れていた。通常あり得ない初歩的なミスだそうで、そんなヤツが手術をし、しかも責任を問われないことが問題だと彼は憤慨していた。
やはり医者をやっている大学時代の友人から「鑑定書」なるものを最近見せられた。
ある少女が入院先の病院で「医療過誤」が疑われる原因で死亡したので、父親が訴えを起こし、その際、病院の対応について鑑定を依頼された彼がカルテ等を詳細に検討して、病院の対応と記録の杜撰さ、誤りを明らかにした「鑑定書」を作成し、裁判所に提出したのだという。それである。
これを見ると、病院は何も正確に診断も判断もしていないことがわかる。何のためにその薬剤を投与したかも曖昧、いつまで投与するかの見極めも不明、副作用への警戒心も感じられず、検査結果への注意も不足。ただ、金儲けのためとしか思えないような形で漠然と薬剤や輸液を次々と投与して、患者を衰弱させ重篤な状態に追いやっている。「殺人罪」が適用されても仕方ないような事例だと思える。
彼の見解はもう少し控えめで「自分たちの管理能力が低いのを過小評価していたために起こった過誤」といった捉え方であったが、誠実に患者の命を守ろうという姿勢がないのであれば、それは「未必の故意」というヤツで、まぎれもない犯罪行為である。まさか死ぬとは思ってなかったのだろうが、誠実さに欠ける杜撰で投げやりな対応がまかり通るところに、医者の世界のモラルの低さが丸見えになって、私の医者嫌いを倍加させる報告だった。死んだ彼女も医者への不信感は強かったようだから、私のように医者から嫌われていたのだろう。
医者には嫌いなヤツを殺す権限はないにしても「力」はある。
オレは殺されたら殺し返すぞ。(笑)
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