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あなたへ

《リード》
浜田真理子を聞いたことがありますか?(もしくは「うつ病」について)

《本文》
 浜田真理子のアルバム「あなたへ」(美音堂 02)を聞いた。
 すごい歌だ。力みのないつぶやき。やわらかくスローだが、発音はクリアで澄んでいる。伴奏は当人のピアノのみというシンプルさもいい。詩がいい。「女」がこれほどストレートに嫌みなく歌われたことがあっただろうか。「万葉集」以来か(笑)。
 初めて聞いたのは一昨日。以来彼女しか聞いてない。
 夏以来ずっとヴォーカルはダメになっていた。熊野に行ってからだ。
 暫くは音楽一切がダメで、その後もクラシックとジャズしか聞けなかった。チャットモンチーもLove Psychedelico も、もちろんJUDY&MARYも受け付けなかった。歌声は煩わしかった。だが、浜田の歌は最初の一瞬から染み入るように入ってきた。引きつけられた。
 思えばこういう経験は初めてではない。大好きになったミュージシャンに出会ったときは大概そうだった。
 1967年のザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」もまさにそういう曲のひとつだった。もっともこれは岡林信康や友部正人のような傍流のミュージシャンとは違って、最初からメジャーだった。毎日何度もラジオでかかった。へそ曲がりの私はめったにメジャーにのめり込むことはなかったのに、「イムジン河」も「悲しくてやりきれない」もよく歌った。ちょうどギターを始めた頃だったから尚更だった。だが「メジャー」とは言ってもその「成り上がり」はいわば偶然の産物だった。しかもグループはたちまち約束通り解散してしまった。やはり本質的には傍流だっただろう。

 だから加藤和彦氏(ザ・フォーク・クルセダーズ)が自殺したのはショックだった。
 近年はうつ病で通院し、知人たちに「やりたいことがなくなった」「自分の思うことができない」と告白していたという。「うつ病」は未だに深刻な病気である。完治が困難で再発しやすく、重篤のときよりも回復期に自殺が多いというのも厄介な点である。自殺者の半分はうつ病だとも言われる。

 最近同じような年齢で自殺した芸能人には「ブルーコメッツ」の井上大輔(忠夫、58)や「青い三角定規」の高田真理(59)、落語家の桂枝雀(59)、タレントのポール牧(63)などがいる。いずれもうつ病だと言われている。
 彼らには共通点がある。家族的つながりが弱いことだ。子供がいない。

 家族の価値を称揚したいわけではない。私はむしろそれに懐疑的だ。
 
 「ガンだから手術しなければあと2年で死ぬよ」と言われた時(その言葉は「手術しても5年だけどね」と裏で伝えてもいた)、10数年前である。まだ40代だった私は、それを素直に受け入れられず七転八倒した。思ったのは家族のことだった。子供たちのことだ。下の子は小学校に入ったばかりだ。まだ死ぬ訳には行かない。死んだ後の子供を思って泣いた。毎晩眠れなかった。
 
 矛盾するようだが、子供は、特に幼い子供の存在は生への執着の最大のドライバーであろう。特に我が家は私が母親役も一部代行してやって来たから尚更であった。本能的なものが微かにでも残っているからだろうか。いやむしろこの社会の出来上がり方と関係が深いだろう。親子心中が多い社会の出来方が背景にあると思う。だから子供に×印を付けるようなことは忍びない。防衛反応なのだと思う。
 
 うつ病はたぶんそういう社会の出来方とつながっている。
 トップに上り詰めた人が結構自殺しているのはそういうことだろうと思う。
 私は何を言いたいのだろうか?

 少し遠回りさせてほしい。
 「親子」が強い粘着力で、特に親の側の意識として残っているのには、二つの側面があろう。ひとつは日本の社会が共同体を失い、親族を失い、おせっかいな近所を失ってきたために、成員に孤立感が強くなっていることが挙げられる。特にこれは大人の側に強く現れる。それはかつての日本を知っていてそれと無意識に比べるからであろうし、子供を保護するという義務的立場が刻印されているからだろう。
 もうひとつの側面は、それの裏返しだが、それ以外にこだわるべきものが見当たらないからであろう。早い話、恋をすれば今の子供への執着は格段に下がるに違いない。新しい夫の元へ向かおうとするとき雌猿が前の夫との間の子を殺すことが知られている。同じことである。

 社会的地位の階梯を少しずつ上って行くに従って周囲からの期待値も上がるし、自身のプライドも高くなる。だが、達成は不安定要因である。充足よりも不安のきっかけとなる。夫婦のつながりは日本では欧米ほど頼りにならないのが普通だ。
 
 私は幸い今までうつ病にならなかったが、それは恋して来たからだろう。相手は人ばかりではないが(笑)。今は熊野に恋している。一昨日からは浜田真理子にもだ。(夫婦に「恋」はない 笑)
 世評では出世したり金持ちになったりが「エライ」とされているが、それはいわば人気商売と似ている。
 一発ベストセラーを当てた小さな出版社はつぶれやすい。夢をもう一度と追ってしまうからだ。趣味的な本を細々と売っていればそこそこ客も付くし楽しくもあろうものを。「人気追い」は大切なものを拡散させる取引になる。賭けてはいけないものがあるのに。それは「魂」と呼ばれている。

 私のあしくびを つかんだまま/あなたはどこへ 行こうというのか/返せ 私のこころを 置いてゆけ/あなたに あげるつもりの/こころでは なかったのだ(「あしくび」浜田真理子)

 浜崎の歌は滅びても浜田の歌は滅びない。
 

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