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花とほほえみ

《リード》
私はずっと植物音痴だった。だが様子が変わってきたようだ。

《本文》
 榛名(はるな)神社は高崎駅から車で1時間たっぷりかかった。20km以上あるから仕方ない。神社の参道にある土産物屋などがいずれも駐車場を無料で提供しているのは好感がもてた。今時珍しい。
 店が途切れた先にも参道は続いていて、神社はそのどん詰まりにある。ヒト型の巨石(御姿岩)を背負い、岩の間のわずかなスペースに社殿をぎっしり配した山岳神社だ。
 古い社殿に派手さはないが、作りは丁寧で欄間の手の込んだ細工は見応えがある。今時の都会の神社とは違った趣である。こじんまりとしているのに日光東照宮を思わせるような豪華さと品がある。
 垂直に伸びる線が強調されている珍しい神社だ。
 人型の御姿岩もそうだが、周囲の巨石群はいずれも首が痛くなるほど見上げないと見渡すことができない。古木もある。やはり真っ直ぐに空に向かって伸びている。
 この神社にいると上を見ている時間が長くなる。参道が尽きたところから社殿への道がそうだ。急な階段になっている。見上げながら上る。上りきっても御姿岩がある。見上げる。社殿の欄間の細工が見事だ。見上げる。社殿や周りを囲む巨石群の間の空がきれいだ。見上げる。

 榛名神社の奥からは榛名湖方面に遊歩道がつけられている。川沿いの山道だが、整備されているので歩きやすい。誰も歩いていないので静かだ。但し自動車道がすぐ上を平行して走っているので、所々でバイクの音がかすかに鳴ってくる。でも小さな川の流れの方が静かに常に聞こえているので、心は安らかだ。榛名湖に臨む峠まで一時間ほどだ。そこに着くまで誰にも会わなかったのに、その峠には中年の夫婦が一組いて、昼飯を広げていた。しばらく周囲を散策してみることにした。峠は駐車場のような広場風になっていて高い草むらに囲まれている。北側の草むらをかき分けて少し進むと、榛名湖が対岸まで見渡せた。水鳥の形の観光船が風に流されるかのようにゆっくり動いていた。夫婦がいなくなったので、彼らが占めていた一つだけあるベンチに腰を下ろしてホッとひと息ついた。あの夫婦はどうやら榛名湖の方から自動車道を上がってきて、またそちらに戻ったようだ。夫に比べると妻はずいぶん若かった。もの静かな二人だった。このベンチはやけに心地いい。光もさんさんと降りそそぎ暑いくらいだが、気持ちいい。ここで弁当を広げるのも悪くはない。
 ふと周りが微笑んだように思って、振り返ってみるとそこには小さい花が揺れていた。いくつもの白い野菊が私に顔を向けて風に揺れて微笑んでいた。カメラのように頭を順にパンしていくと、次々に私に微笑みかける花々と目が逢った。

 花に目を奪われることなどついぞなかった、と不思議な気持ちになった。
 白い小さな野菊と紫の野アザミ。見回すとそれら周り中の花々が一斉に私に向かって風に揺れながら微笑みかけている。微笑のさざめきに囲まれて幸せな気分になって私はベンチに横になった。
 変わったのだ。私の感受性は。たぶん熊野に行ってからだ。
 死ぬときも幸せかもしれない。今居るのはきっと死者の位置だから。

 空を眺めて安らかな気分でいると、小さな蜜蜂が飛んで来た。顔の周りをうるさく飛び回った。追い払うために起き上がらねばならなかった。
 精霊たちはどうやら私にまだ死んではならないと告げているようだ。
 もうひと頑張りしようと思った。

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