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変身のポーズ

《リード》
今井絵里子(SPEED)のインタビュー記事を読んで考えたこと。
(MRI、音漏れ、『男はつらいよ』、寅次郎、上田紀行『生きる意味』、『釣りバカ日誌』、ハマちゃん、ヘレン・ケラー『わたしの生涯』)

《本文》
 音にならない音というものがある。
 若い頃、神保町(神田の古本屋街の真ん中)の交差点を渡る時、よくその音にならない音を聞いた。「聞いた」という表現が不適当と思われるほどその音は直接頭に響いて来た。「MRI」の中で聞かされる工事現場様の響きがそれに近い。だが、あんなに多彩ではなくもっとモノトーン。カカカカカカ……という感じだった。
 高周波あるいは超音波が聞こえてしまったのだろうか? 信号機と連動しているように思えたので、盲人用に設計されているのかと思っていたが、どうやらそうではなさそうで、「音漏れ」の類だったようだ。
 低周波も聞こえはしないが、ガラスや建物が揺れたり、気分に変調を来したりと悪影響があるが、あの高周波も浴び続けることのできない不快な響きだった。
 歳をとってくると音が聞こえにくくなくなって来る。この間オーディオ装置チェック用のCDを聞いて愕然とした。1万Hz前後から上が全然聞こえない。高周波音どころか携帯電話のモスキート音も無理だ。

 『男はつらいよ』(山田洋次監督 渥美清主演 松竹)の寅さんはよく「屁」を喩えに出す。

さくら「お兄ちゃんはさ、カラーテレビもステレオも持っていないけど、そのかわり誰にもないすばらしい物を持ってるものね」
寅「何だ、えっ? あっ、俺のカバン開けて見たのか」
さくら「違うわよ、形のあるものじゃないわ」
寅「なんだ、屁みたいなものか?」
さくら「違うわよ、つまり、愛よ。人を愛する気持ちよ」
(第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』より)

 音にならない音、形にならない形……恋に恋する寅次郎には、人に対するとことんの信頼、自分を飲み込んで動き出す恋心がある。それが心に直接響いて来る。

 今井絵里子(再結成されたSPEEDのメンバー)は昨年、息子さんが先天性の聴覚障害を持っていることを公表し、その息子を喜ばせるために再結成ライブを企画した。今はその息子とともに全国ツアーを回っているという。

 ——障害は個性だと受け止め、個性を認め合える社会になってくれたらいいな。……番組でもお話したように、障害は不便だけど不幸ではないよって息子含め、たくさんの人に伝えたかった。

 24時間TVでそう語ったそうだ。
 「東京新聞」(11月8日付)には彼女のインタビュー記事が載っていた。
 
 ——私の歌声は息子に届かないのか。その夜、涙が枯れるほど泣きました。朝になって「神様は乗り越えられない試練は与えない」という言葉を思い起こし、今後息子に涙を見せまいと誓いました。……テレビで息子の障害を公表するかどうかは、今までで一番覚悟がいることで悩みました。当初はプライバシーを考え断りました。それでも決断をしたのは、すべては必然と思うようになったから。障害が分かった時から、歌手として世間に「障害は個性だ」というメッセージを発信したい思いもありました。

 『生きる意味』(上田紀行 岩波新書 05)の中で、上田氏は、ハマちゃん(『釣りバカ日誌』)を取り上げて次のように語っている。

 ——ハマちゃんはうだつの上がらないサラリーマンで、出世街道にものりそびれているけれど、しかし彼はとても幸せそうだ。それは彼が彼独自の「生きる意味」に支えられているからで、釣りの世界では社長ともタメ口がきけてしまうような自由さがそこにはある。そしてその「生きる意味」をかわいい奥さんも支えてくれているのだから、本当に果報者である。……ハマちゃんを「二十一世紀社会における一番「強い」人間像だ」と紹介したことが何回もあるのだが、それは彼が「生きる意味」の創造者であり、「生きる意味」の自立を成し遂げているからである。

 今井絵里子の息子はツアーの終演後のステージ上で仮面ライダーの変身のポーズを披露するのだと言う。マイクも大好きで、母親から奪って離そうとしない。息子のリズム感や踊りから今井は、聴覚障害者だけが感じ取れる「音」の存在を感じているのだと言う。

 ヘレン・ケラーも耳は聞こえなかったが、『わたしの生涯』には音に関する記述が出て来る。
 
 ——夜明けごろ、私はコーヒーの香りと銃の触れ合う響きと、人々が今年の季節じゅうでの最大の幸運を確信しながら、今日こそはと意気込む力強い足音とで眠りをさますのでした。私はまた彼らが町から乗ってきて、木下につないでおいた馬が、地を蹴る音も感じました、馬は一晩じゅうそこに立っていて、狩りに出かけるのを待ち遠しがって高くいなないていたのです、やがて人々は馬にまたがり、昔の歌にあるように、馬は馬勒を鳴らし、鞭音高く風を切って駆け出し、猟犬は先頭をきり、猟の選手は「犬を励まし叫ぶ声」をあとにのこして、乗り出して行きました。(岩崎武夫・訳)

 今井が言うように、健常者が音として聞いているものをちょっと違った形で感じ取っている様子が伝わって来る。そしてそれは「音漏れ」の高周波音のような不快感ではなく、ケラーの文章では、世界への好奇に輝いている。

 私たちは愚かにも、寅さんに言わせるなら「自分の食った芋で、他人に屁をさせる」ような振る舞いをしてしまうことがある。
 「健常者」が生きる意味を知っていて「障害者」がそれを知らないと思い込むことは、つまり「健常者は障害者を導ける」と思い込むことは、錯覚であり傲慢であり、一種のグローバリズムなのだと思う。
 今井絵里子とその息子さんには人々に勇気を与える奇跡の人になってもらいたい。

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