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<title>シードンどう打つ記</title>
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<title>ナンカイってナンカイ？</title>
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<description>《リード》 塚本千秋氏の提唱する「南海精神医学」を紹介。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
塚本千秋氏の提唱する「南海精神医学」を紹介。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　おそらく誰も読んだことのない本を紹介しようと思う。&lt;br /&gt;
　著者と同年輩の松下サトルという木版画を得意とする版画家の「冬の日」という作品が装丁に使われている。なかなか味わいのある図柄である。絵描きの友人の作品とどこか似ているところがあって、親しみを感じる。&lt;br /&gt;
　だが本のタイトルは今ひとつ。「明るい反精神医学」。かつてのR.D.レインに代表される「孤高」で「暗め」の「反＝精神医学」とはちょっと違うものなんだそうだ。だから「明るい」と付けてみたとか。読んだ後の感想を交えて言えば「明るい反」の部分を「おふざけ」とか「ダダ」とか「半」とか付けてもよかっただろう（笑）。いずれにせよこのタイトルで売るのは難しい。タイトルは出版社と相談して決まる場合が多いようだから、出版社の市場センスの不足が露呈した感じ。&lt;br /&gt;
　タイトルは冴えないが、内容はちょっと不思議な魅力がある。赤瀬川原平（筆者自身も前書きで「宇宙の缶詰」を挙げていた）や辻潤（デスペラ）を思い出した。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「南海精神医学」と「東海精神医学」が提唱されている。&lt;br /&gt;
　どちらも聞いたことのない言葉だ。&lt;br /&gt;
　筆者によると、「南海〜」とは次のような説明になりそうだ。&lt;br /&gt;
　脳の本来持っている「げてもの性」は科学によって完全に把捉することは困難で、現に脳はその珍奇で面妖な力を発揮して人類を滅亡に導いているようにも見える。科学的禁欲主義にこだわっているとそのような脳のはみ出し気味の生態を、従って「わたし」や「こころ」の実態をつかみ損ねたままになってしまいそうだ。だからといって何でもありの心理学も頼りになりそうもないので、既存の精神医学とはちょっと毛色の異なる「傍・精神医学」としての「南海精神医学」の存在意義が認められる……とでもなるのであろう。（但しこのまとめはあくまでも私流なので筆者が異議を唱えるかもしれない）&lt;br /&gt;
　こう書いたからといってよくわかったとはならないだろう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　デカルトが「魂のありか」と呼び、バタイユが「目」と呼んだ松果体（脳内のほぼ中央に位置する赤灰色でグリーンピースほどの大きさの内分泌器官）と季節性うつ病との関連を述べた「季節性うつ病」の章が面白かったので紹介しよう。&lt;br /&gt;
　松果体は元来は第三の目としての機能を持っていたとも言われ、哺乳類では目としての機能は退化しているが、メラトニンという抗性腺刺激ホルモンを分泌することが知られている。筆者は「もしヒト種族でも、松果体が皮膚面医露出していたならば、日照時間が短くなるにつれてメラトニンの分泌量が増加し、個体は異性を探求することをやめ、活動性を鈍らせて冬眠を始めるに違いない。」と推測し、日本の東北・北海道に多い季節性うつ病の原因と結びつけている。高齢のハゲの男性に季節性うつ病が多いが、それは頭蓋の「大泉門」の跡の部分は継ぎ目が所々薄くなっていて、光が透過する。高齢者では大脳は萎縮していて左右の大脳の隙間から松果体までその光が届く。松果体は冬になると光の弱まりを感知し本来の機能である冬眠指示を個体に命じる。そこでその個体の活動性は奪われ「うつ病」様の症状を示す――とまあ、こんな具合である。&lt;br /&gt;
　しかも、「Pエレキバン」で有名な株式会社Pは大泉門直上の皮膚に貼付けて「季節性うつ病」の特効薬として作用する円形の黒いシールを販売し売り上げを伸ばした！——と「後日談」（？）まで付けている。松果体は磁力線に反応するという説もあるから、これは単にシールではなくエレキバンそのものでもよかったと私は思うが……。（笑）&lt;br /&gt;
　（装丁の「冬の日」というテーマが思い起こされる話題だ！）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　「拒食症・過食症」の章では、患者のポートレートを展示した写真展のパンフレットにあった精神科医Kの文章を長々と引用している。&lt;br /&gt;
　「拒食症・過食症という響きから私はどうしても『虚飾症・華燭症』を連想してしまう。……私は、登校拒否を不登校と言いかえ、拒食症を神経性無食欲症とか摂食障害とかに言いかえる営みに『善意のある嘘』を感じている。……『拒否』という言葉を失うことによって、彼らの提出している『漠然とした行為への疑義・存在への疑義』は希釈される。その結果、下手をすると『治療すべき状態』あるいは『治療可能な病気』とさえ見なされてしまう。……『考える』ことや『学習する』ことがそれほど大事なことなのだろうかと。そもそも彼女や彼たちが学習を望んでいるわけではないのだ。……私はこの写真展のように、ただ彼女たち彼らを見ていたい。『なにかせよ』と言われるのなら、彼らがもっと気楽に『そうでいられる』工夫を考えたい。同時に、そうしたふるまいが社会的・家族病理的な文脈に読みなおされないように注意深く見つめてゆくことが、精神医学のとるべき道と考える。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ここに南海精神医学の本質が展開されていると思われる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　うつ病をめぐる雑多な論が世情を乱していることを別稿（本ブログ「うつ病バブル１〜５」）で批判的に取り上げてきた。その時はまだこの塚本氏を知らなかったのだが、こういう「へそ曲がり」（失礼！）の精神こそが変にマジメぶって熱くなっている世情には必要なのだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「アニマル・セラピー」「航海療法」の項もすごく面白い。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「南海」って全然難解じゃなくて、なんかイイ！&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　（底本「明るい精神医学」塚本千秋著　日本評論社　99刊）&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>本</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-30T21:33:18+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-bb6a.html">
<title>ウェブの本棚</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-bb6a.html</link>
<description>《リード》 ウェブ上に自分の本棚を置いてみることにした。そういうサービスがすでに...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
ウェブ上に自分の本棚を置いてみることにした。そういうサービスがすでに何種類もある。いずれもAmazonのデータベースに依拠しているようだ。やはり書籍などのデジタル化は世界的な課題である。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　インターネット上に本棚を置くことにした。&lt;br /&gt;
　まず本棚選びから。「ウェブ本棚特集」というHPが参考になった。&lt;br /&gt;
　（http://hemohemo.sakura.ne.jp/test/hondana/）&lt;br /&gt;
　そこからピックアップした「みんなの本棚」「ブクログ」「カフェボッサ」「読書メーター」を比較して、私は取りあえず「カフェボッサ」でやってみることにした。&lt;br /&gt;
　なぜそこになったかと言うと、自分が最近読んで興味を持った本のレビューで比較した結果である。選んだ本のうち何冊かはいずれのサイトでもレビューがなかった。どんなにマイナーな本読んどんじゃい！（笑）　まあ「日本の古本屋」で買った少し古めの本だから仕方ないだろう。でも、別の何冊かはちゃんとレビューが載っていた。その本数・内容を比べてみた。少しでも自分に近い趣味の人がどこに多いかを見極めようとしたのである。その結果、僅差ではあったが「カフェボッサ」に軍配が上がったというわけだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　他のサイトもそれぞれに特徴も魅力もあるので、他の人にも「カフェボッサ」を薦めようとは思わない。それぞれ自分で見比べてみればいい。読んだ本がコミュニケーションにつながっていくとすればそれは喜ばしいことに違いない。自分と相性のよさそうなところを選ぶのがいいと思う。だが使い勝手やデザインの良し悪しも無視はできない。悩ましいところである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　何を読んだかいちいち覚えているのも大変だから、ネット上に記録を置いておくのは便利である。レビューも今まではAmazonに時々書いては来たが、へそ曲がりとしては「ひとり勝ち」のAmazonに肩入れするのはシャクだから、時には仕方ないとしても、基本は別の場所がいい。但し多くの本にレビューを書いているとブログを書く時間が削られてしまうので、ブログで取り上げて書いたことを短くまとめるような形でカフェボッサの「マイ本棚」にレビューとして残していくことになるだろう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　だが、そもそもどの本棚もそこに置く本の選定にはAmazonのデータベースを利用しているのだから、Amazonに依存しないでの本棚作成は考えられない。ちょっと悔しいことである。&lt;br /&gt;
　ネット大手の書籍データベースでは、「グーグル社」による「図書館プロジェクト」にからむ著作権問題が最近の話題としてあった。このブログでも繰り返し取り上げて来た（「著作権とグーグル」7.24、「夢の電子図書館」9.22）。グーグルのやろうとしていることは「フェアユース規定」があるアメリカでは認められても日本やヨーロッパでは著作権法が許すまい。だが、書籍のデジタル化による電子図書館は喫緊の課題となっている。グーグルが始めなくともAmazonが手がけているし、日本でも国会図書館が始めている（電子図書館事業）。既に明治・大正期の資料をデジタル画像で閲覧できるサービスを始めていて１５万冊を越える資料が提供されている。写真帖なども含まれるから明治期の珍しい写真をかなり鮮明な映像で見ることもできる。「没後５０年」という著作権保護期間の確認をした上、著作権が残っている場合は許諾を得て公開されている。&lt;br /&gt;
　ヨーロッパでも、EUが主導して2008年に公開した電子図書館Europeanaがある。欧州中の図書館・博物館・美術館などが持つ歴史的な書籍，地図，絵画，映画，新聞などをデジタル化し、キーワード検索によって無料閲覧できるようにしている。現在約460万点のデータを収容しているという。（日経コミュニケーション「電子図書館が直面する課題，規制の再設計の必要性も」ラリー・ストーン氏記事より）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　デジタル化に伴うこの処理に要する費用はバカにならない。国会図書館の場合、デジタル化に際し調べた明治期の作品の著者約72000人のうち、著作権が残存していることが確認できたのは数百人。実に５割以上が著作権者の連絡先不明のため著作権があるかどうか不明だったという。（不明の場合は文化庁長官が著作権者に代わって許諾を与えられる。以上、国会図書館HPより）&lt;br /&gt;
　時代が下れば下るほど著作権が残っているケースが増えるから、さらに手間はかかることになる。昭和期以降の作品のデジタル化には大変な手間とコストを覚悟しなければならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　電子図書館の充実のためには現行の著作権法が壁になってしまう。&lt;br /&gt;
　著作権を廃止したりはすべきではないしそんなことはできる相談ではないが、公的機関が中心になってデジタル化を進めることを前提に世界的に通用する例外規定を設けて、速やかな処理をしていく仕掛けが必要だろう。グーグル社が出したアイディアのように「利益の６割を著作権者に還元する」というようなやり方も検討に値しよう。&lt;br /&gt;
　既に進められている各国やEU、それに民間企業（グーグルやAmazon）のデジタル資産をうまく生かす形で世界的な電子図書館構想を打ち立て、人類の知的財産を未来のために誰もが手軽に活用できるようにすべきである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「COP15」（コペンハーゲン；09.12）では温暖化対策を巡って各国の利害の調整は必ずしもうまくいかなかったようだが、世界中の書籍がウェブの本棚に並ぶ夢の方はぜひスムーズに実現して欲しいものだ。誰が音頭を取るのか。「COP15」で活躍できなかった鳩山首相に期待しても難しいだろうし、日本の文部科学省はグーグル問題への反応も鈍かったという話しだから（12.10付「毎日新聞」文化欄記事参照）、やはり期待薄だ。日本が無理ならEUかアメリカであろう。グーグルやAmazonの影響が強すぎるアメリカよりもフランスやドイツあたりに頑張ってもらった方がうまく行きそうな気がするのだが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　COPはそもそも各国の利害の綱引きの場だから困難は当然だが、電子図書館はそれに比べればはるかかに障害は少ない。なんとかうまく進めてほしいものだ。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>パソコン・インターネット</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-29T23:01:27+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0e4d.html">
<title>闇に浮かぶ紅</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0e4d.html</link>
<description>《リード》 暗い曲が好きだ。およそカラオケ向きではないような。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
暗い曲が好きだ。およそカラオケ向きではないような。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　職場で鼻歌を歌っていたら、突然後ろから「何ていう歌ですか」と問われ、返事に詰まった。問い掛けて来たのは若い女性である。一人だと思っていたのにいつの間にそこにいたのか。まさか浜田真理子の、それも「爪紅（つまべに）のワルツ」だとは言えなかった。&lt;br /&gt;
　私の口ずさむのはいつも暗い歌だ。若い頃は浅川マキが好きだった。長谷川きよしも。いつかここに書いたのは友部正人だ。少し後には山崎ハコだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　　ふしあわせと言う名の　猫がいる&lt;br /&gt;
　　いつもわたしの側に　ピッタリ寄り添っている&lt;br /&gt;
　　ふしあわせと言う名の　猫がいる&lt;br /&gt;
　　だからわたしはいつも　ひとりぽっちじゃない&lt;br /&gt;
　（「ふしあわせと言う名の猫」唄：浅川マキ　作詞：寺山修司）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　男と女のあいだには&lt;br /&gt;
　　暗くて深い河がある&lt;br /&gt;
　　だあれも渡れぬ河なれど&lt;br /&gt;
　　えんやこら　今夜も舟を出す&lt;br /&gt;
　　ロー＆ロー&lt;br /&gt;
　　ロー＆ロー&lt;br /&gt;
　　振り返るな　ロー　ロー&lt;br /&gt;
　（「黒の舟唄」唄：長谷川きよし　作詞：能吉利人）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　ダーティー・ハリーの唄うのは &lt;br /&gt;
　　石の背中の重たさだ &lt;br /&gt;
　　片目をつぶったまま年老いた &lt;br /&gt;
　　いつかの素敵な与太者のうた &lt;br /&gt;
　　その昔君にも　生きるだけで &lt;br /&gt;
　　せいいっぱいの時があったはず &lt;br /&gt;
　　あげるものも　もらうものも &lt;br /&gt;
　　まるでないまま &lt;br /&gt;
　　自分のためだけに生きようとした&lt;br /&gt;
　（「にんじん」友部正人）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　　あの海に船を出せ　あの海に船を出せ&lt;br /&gt;
　　いつもどこからか　聞こえてくる&lt;br /&gt;
　　片手のない私に　何かできるの&lt;br /&gt;
　　お前こそ教えろよ　どうやって船を出すんだ&lt;br /&gt;
　　（「あの海に」山崎ハコ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　そして今は浜田真理子だ。&lt;br /&gt;
　女の本心を語るストレートなところがいい。&lt;br /&gt;
　私が最初に聞いたのはこの曲だった。アルバム「Mariko」の冒頭を飾る暗い歌だ。いきなり英語だとは思わなかったのでまずそれでビックリ。幸い易しい英語で丁寧な発音だったので（！笑）聞き取れた。心をまるごと持って行かれた。そのぽっかり開いた穴に驚いた。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　　There’s a crow&lt;br /&gt;
  　 There’s a crow in the air&lt;br /&gt;
  　 He’s watching me all day long&lt;br /&gt;
  　 There’s a crow&lt;br /&gt;
  　 There’s a crow in the air&lt;br /&gt;
  　 But I can net see him&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;  　 Can’t see him&lt;br /&gt;
  　 I can’t see him in the air&lt;br /&gt;
  　 But I know he is there, I feel it&lt;br /&gt;
  　 Can’t see him in the air&lt;br /&gt;
 　  I can’t see him in the air&lt;br /&gt;
 　  But he is watching me &lt;br /&gt;
　 (「The crow」　浜田真理子)&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私が彼女を見つめる。するとたとい遠くからでもすぐに気づいて彼女はこちらを見る。私は視線をそらす。——そういうことを何回も何回も繰り返す。繰り返してきた。&lt;br /&gt;
　やがて私は彼女を誘う。彼女も付いて来る……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　女は視線に敏感だ。解明されてはいないが、たぶん視線には何らかのエネルギーのようなものがあるのだ。それを感知するアンテナが女には備わっている。男にもあるかも知れないが、男は自分の視線に頼り過ぎるので、それをうまく感じ取ることができない。犬は目が悪いから鼻が利くように女は視線に鋭く反応する。&lt;br /&gt;
　だが、浜田真理子の視線の感じ方はやや病的で倒錯的だ。そこがいい。&lt;br /&gt;
　実際にこういう女性と付き合うのは大変だろうが、闇はあった方が魅力だ。少なくとも私はある種の暗さにめっぽう弱い。闇に思わず引きつけられてしまう。怖いもの見たさとは違う。闇自体が微かな輝きなのだ。強烈な輝きも捨てがたいが、暗い中にほのかに灯る光も魅力だ。谷崎潤一郎が語っていたように、薄暗い中の微かな光がもたらす微妙な陰翳ほど心をときめかすものはあるまい。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　　爪を立てても　痛いだなんて　言わないで&lt;br /&gt;
　　わたしの　ココロは　もっともっと痛い&lt;br /&gt;
　　鏡にうつる　わたしの爪は　色くれないの&lt;br /&gt;
　　おどって　ゆれて　あなたの　背中で散る花びら　（爪紅のワルツ）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;  派手な歌詞だ。微妙な陰翳とは違う。「爪紅」がマニキュアのことだとは初めて知った。真っ赤なマニキュアを塗った自分の指が男の背中で踊って揺れてやがて散るように開かれて落ちる……。この色っぽさはやや作為めいてはいるが、美しい。「爪を立てる」という出だしがあるので、男の背中に血の花びらが浮かぶさまを描いたという見方も可能だろうか。それでは絵としての美しさは減じてしまうが倒錯的な魅力は増す……（笑）&lt;br /&gt;
　嫉妬に狂いながらも男に抱かれ男にしがみつく女の、自分を客観視しているところが面白い。もの凄く女性的なのに同時に男性的でもある。鏡に映る女のマニュキアの指の動きを目でなぞるのはまさに男性の視線だからだ。女・朔太郎と呼びたくなる折り重なり具合である。&lt;br /&gt;
　爪紅は「つまくれない」と読めば「ホウセンカ」。鳳仙花の小さな真っ赤な花のイメージが重なる。これもやはりちょっと派手すぎる。彩度と明度の高い赤ばかりが勝ってしまう。だが、その背後に隠れる「もっともっと痛い」こころ。それが控えていることを踏まえれば、その鮮やかさは心の闇の深さの逆説となる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　不幸にみそめられる女がいて、そういう女に惹かれる男がいて、そこにドラマが生まれる。私があなたに目を奪われるのも、あなたの美しさにというよりもあなたから微かに立ち上がる不幸の匂いに誘われているのかもしれない。&lt;br /&gt;
　そう。男は昔から悪霊に幽閉された姫君を救い出すことにロマンを感じてきたのだ！（笑）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　いつも男を追っかけて、男に話しかけるチャンスばかりを狙っている君よ。もう少し我慢して一人を気取り、無口に暗い顔でも乗っけておけばモテルようになるかもよ。少なくとも今よりは。（笑）&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-26T18:33:57+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-5c56.html">
<title>リバティタワーにて</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-5c56.html</link>
<description>《リード》 明治大学のリバティタワー（神保町）で開催された「水俣・明治大学展　P...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
明治大学のリバティタワー（神保町）で開催された「水俣・明治大学展　PreStudies」の企画「水俣病と私たちーー映像・報道・表現を通して考える　NO.1」での作家・田口ランディの講演についての報告と感想。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　田口ランディの話しは前にも聞いたことがある。水俣フォーラムで。そのときは、難解な社会派の芝居をやる劇団にいた若い頃の話しが印象的だった。藤原新也の話しの時には迫力ある声で質問をしていた。&lt;br /&gt;
　小柄な割に声が大きい。しかも話し出すと止まらない。作家がみんなおしゃべりなわけでもないだろうが、話し出した時の彼女のテンションの高さはちょっと凄い。私もそういう気（け）があるので共感するのかもしれない。違うのは私には小説は書けないということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　彼女の小説はわずかしか読んでない。エッセイも少し読んだがおよそ熱心な読者とは言えない。でも話しは何度か聞いた。彼女が水俣に関心を寄せているから、その繋がりからである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　今回は明治大学で来年開催されることが決まっている「水俣・明治大学展」の「プレスタディズ」企画での講演。土本典昭のドキュメンタリー映画「水俣病—その30年」を観た後でだった。話しは多岐に渡っているようでいて一筋。&lt;br /&gt;
　テーマは、素人または淡い関わり。小田実・開高健・柴田翔・真継伸彦・高橋和巳が『季刊人間として』（筑摩書房）を同人誌として出したのは70年だった。その人間として、という言葉を田口ランディは語っていた。彼女は確か60年頃の生まれだから、この雑誌のことは意識になかっただろう。&lt;br /&gt;
　彼女がその言葉を語ったのは、法律にも科学にも医学にも詳しいとは言えない水俣病患者たちが、どういう立場で戦えたか、戦ったかという視点からであった。専門家とは言えない患者たちがチッソの社長を相手に人としての道を説くことができたのも人間としてという根拠があったからだ。&lt;br /&gt;
　今では考えられないことかも知れない。彼女の言うように。いくら加害者とはいえ大企業のトップが被害者である一般人と直接面と向かって、しかも一般人の側が社長に向かって人としての道をこんこんと語るなどということは。一斉射撃のように構えるTVカメラに向かって儀式的に深々と礼をすることぐらいだ。今の企業のトップにできるのは。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　素人である自分に何ができるのか？——彼女はそう問うことによっていくつかのことを引き出してみせた。&lt;br /&gt;
　ひとつは、遠くても淡くても出会ってしまった縁というものがあるということ。その縁に従って考えたり関わったりはできる。それは深く濃い縁とは違う形になるのだけれども、それが深く濃い縁と比べて劣っているわけではない。共に生きる道を選んだり、患者たちを色々な意味で支援したりはできなくても、「水俣フォーラム」が志しているように、水俣で起こったことについて繰り返し考えるとすれば、そのことにも意味はあり価値もある。水俣を学ぶことによって実にたくさんのことを考えることができる。私たちの知性や感性を鍛え上げるためのものが豊かにたたえられた海として「水俣」は今も存在するということだ。水俣には人間というものが、美しいものも醜いものも、聖なるものも俗なるものも、偉大なるものも軽蔑すべきものも、正も邪も、そこに集約的に多面的に劇的に立ち上がって来ているからだろう。&lt;br /&gt;
　もう一つは専門家と素人の関係についてだ。最先端の科学技術のような問題についても専門家に任せておけばいいというものではない。素人が関わる必要がある。専門家の側にも素人にできる限り正確にいろいろなことを伝える責任がある。素人の側にも素人だからといって全くの無知に留まっていていいと言うことはなく、偏見に囚われていて当然ということにもならない。専門家と素人との対話の回路が求められている。専門家が素人にわかるようにいかに説明するかをもっと工夫し、素人の側も難しいことにももっと関心をもって専門家に尋ねて少しでも納得のいく答えを求めていく責任がある。素人だからといって味噌っ糟であっていいはずがない。&lt;br /&gt;
　そして水俣についても、今までの水俣に関して語ったり運動したりするときの独特の「水俣スタイル」には素晴らしい面もあったが、それは水俣に関心を持ち積極的に関わってきた文化人たちが中心になって作ってきたものだ。もうそろそろ乗り越えられなくてはならない。たぶんもっと「素人」的に。今までにはなかったもっと凄いものを見つけて越えて行かなければならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　素人だからこそできることがあるということだ。そしていろいろな問題について、素人としての関わりが意味をもつような道筋をこの社会にしっかり付けていくことが求められているということだ。私もそうだと思う。&lt;br /&gt;
　専門家と素人との間の実りある対話の可能性を探る試みを実践している人として北村正晴氏（東北大学／リスク管理学）、小林傳司氏（大阪大学／科学技術論）を紹介していた。&lt;br /&gt;
　私は北村氏の原発に関する主張には同意しかねるが、素人や他分野の専門家との対話の価値や意味について語っていることはうなずける。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ただし実りある道筋が作られるためには現代社会固有の障害もある。マスメディアの信頼性が著しく損なわれているということだ。「横田めぐみさんの遺骨ではない」との鑑定問題、うつ病薬の危険性についての黙殺問題などを取り上げて田口さんも忠告を発していた。「マスメディアを安易に信じるな」と。&lt;br /&gt;
　マスメディアがジャーナリズム本来の批判精神を手放しつつあることは確かだと私も思う。だから私は新聞もTVもあまり見ない（笑）。でも絶望はしていない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　このブログもいい記事や本、ネット上の玉石の選別で書いて来た。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>水俣</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-23T23:57:04+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3a08.html">
<title>トラの年賀状</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3a08.html</link>
<description>《リード》 このところ毎年憂鬱な年賀状作りの季節。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
このところ毎年憂鬱な年賀状作りの季節。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　不況で娘の会社はボーナスが出ないのだと言う。印刷関係なので、「今年は家族の年賀状は全部うちの会社へ注文してほしい」と今月になって言い出した。わずかな商売も積み重ねれば売り上げに貢献ということだろう。昨年は誰も頼まなかったのに、私も頼むことにしようかと思ったが、言われた時には既に年賀ハガキ（インクジェット写真用）を買ってしまっていた。なんでもインジェット用ではうまく印刷できないのだそうだ。郵便局で交換すると一枚６０円で買ったそのハガキも５０円扱いになると注意書きにあった。だとすると今更交換というわけにもいかない。息子は得意のイラレの技を駆使した原稿で姉の印刷会社に注文すると言っていたのだが、今まで数枚しか出したことのない彼がなんと今年は私と同じくらいも出すということがわかったので、じゃあ私の買ったハガキを使ってウチでプリントすれば、私が娘の会社に注文して全てうまく収まると思って提案した。だが、問題があった。私の年賀状のデザインが決まらない。いくら遅くても21日までにと言われていたのだが、間に合いそうもなかった。二枚の写真を組み合わせてひとつ作ったのだが、息子と娘からケチョンケチョンに貶されて、引き下がった（笑）。二人ともデザインにはうるさい。実は私自身も取りあえず作ってはみたものの「ダメだわこりゃ」と内心思っていたので、バカにされても怒る気にはなれなかった。&lt;br /&gt;
　というわけで結局息子は姉の会社に注文し、私は家で自作ということになった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　12年前も苦労したことを思い出した。いや、このところ毎年苦戦なのだが、12年前には困り果ててトラを色鉛筆で描くことにしたのだった。そのことを思い出した。どうやらトラと相性が悪いらしい。そういえばネコ科は苦手だ。まだ犬の方がウマが合う。人間の場合も猫っぽいのは苦手のような気がする。犬のようでも困るが……（笑）&lt;br /&gt;
　私の年賀状は写真が基本だが、ただ写真ではなく写真を使ったコラージュが得意（……というかそれくらいしか出来ない　笑）なので、大体はそれだ。お絵描きソフトでデザインしたこともあるが、絵は苦手なので写真をベースにした方がマシだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　さて娘の会社への年賀状の注文は、私の父親がトップバッターだった。&lt;br /&gt;
　とっくに引退しているのだが、私の何倍も出すので、娘にとってはいいお客さんだ。ところがそれがスムースには運ばなかった。&lt;br /&gt;
　数十種あるお仕着せから図柄や住所・氏名を選んで組み合わせると出来上がる「お手軽コース」を当初考えたのだが、それではうまくいかないと分かって困った。母親の名前に変体仮名が含まれていたからだ。娘の会社のお仕着せパターンではその仮名がフォントに用意されてなかったからだ。（活字がないとふぉんとに困るんだよね〜　笑）名前を漢字で書いたり（日常ではしばしばそうしている）、同じ読みの別の平仮名を使ったりではダメなのか、と聞いていたが、当然却下。なにせ今まで頼んでいたコンビニのお仕着せでは何の問題もなく出来ていたからだ。&lt;br /&gt;
　そこで次なる手として、印刷原稿を作ってそれで注文しようということになった。しかし父親が注文したような図柄を描くとすると相当な技量と手間が必要だ。彼にできるはずもない。姉は弟に自腹でバイト代を払って「Illustrator」での原稿作りを依頼した。息子はイラレをいじり出してまだ１年も経ってないのだが、姉より出来る。しかも姉の方は忙しくてヒマがない。息子も忙しがっているのだが、祖父のためでもありバイト代も稼げるので乗り気になって一気に仕上げた。「完全原稿」（そのまますぐ印刷に回せる形の原稿）を要求するオーダー印刷で注文できたわけだ。父親も年賀状の出来には満足していた。私も実家に行って父親に水を向けて娘の会社に頼んでもらうのに一役買ったから、一家総出で小さな注文をひとつこなしたわけだが、姉からすればバイト代を弟に出したから大赤字。それでも顧客（祖父）の期待に応えた満足感があるのか、機嫌はよかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　姉は自分の年賀状も弟に原稿作りを依頼していたから、弟は二重に稼ぐことになってホクホクだった。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　そして最後の難問は私の年賀状だ。&lt;br /&gt;
　昨日まで「もう今年は出すの止めようか」と思っていたのだが、今日は完全休養日だったので朝寝をしてから、遅い朝食をとり、MacBook でPhotoshopを立ち上げて沖縄で撮った写真をいじっているうちにひらめいた。アイディアさえあればあとは一本道。２時間ほどかけて原稿をつくりさらに１時間掛けてプリントアウトした。あとは宛名印刷をWinマシンの賀状ソフトでやればいい。今日中に印刷部分は完成できる。急転直下である。ホッとした。（サンキュー！　ホッとショップ！　笑）&lt;br /&gt;
　年に一回しか使わないから一向に上達しない。ソフトの能力の10分の１も引き出せていない。（笑）　それでも職場で使わされている外注ソフトに比べれば、天国と地獄。アドビのソフトは使っているうちに精神が動き出す相棒になってくれる。人間の力を引き出してくれる。だが仕事の特注ソフトには「なんでこんなことができないのか」とその不自由さを常に呪っている。使う者をただ疲れさせ活力を萎えさせるマホウのソフト（笑）。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　アイディアを引き出しくれる魔法なら歓迎だが、人を奴隷扱いする魔術は願い下げだ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>日記・コラム・つぶやき</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-23T19:08:07+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-81f2.html">
<title>うつ病バブル５</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-81f2.html</link>
<description>《リード》 うつ病の急増の背後に潜む深刻な問題について。その最終回。 とびとびの...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
うつ病の急増の背後に潜む深刻な問題について。その最終回。&lt;br /&gt;
とびとびの連載は読みにくかったでしょう。ご苦労様。（エッ、読んでない！　まあ仕方ないですね。こんなテーマですから……笑）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　内山節は『日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか』 (講談社現代新書)の中で1965年ころから日本人は狐にだまされなくなったと指摘していた。それより少しまえから「狐憑き」はいなくなっていた。&lt;br /&gt;
　その「狐憑き」は日本独特の狂気であった。顔つきは狐のようになり、狐のように鳴いたりもする。そのような時には「お祓い」をして狐を追い出す必要がある。狐憑きになった人はその間の記憶がないという。病弱な人、特定の家系の人に憑きやすいとされている。　&lt;br /&gt;
　このようにそれぞれの文化固有の精神疾患様の異常はたくさん知られている。例えばアイヌにおける「イム」、マレーシアの「アモク」、サモアの「ムス」、中央アメリカの「ネルビオス」などである。「イム」はヒステリー様の症状だし、「ムス」はウツに近い。「狐憑き」もヒステリーに比肩されるが、単純に重ねられるわけではなく、土俗的信仰と裏腹の関係にある点でヒステリーとは「位相」が異なる。狐への信仰を背景にしての発症であり、周囲も比較的冷静で、起こりうる出来事という受け止め方である。当人の責任とは見なされず、予後は良好。つまり文化の一部として組み込まれているのが特徴である。&lt;br /&gt;
　人類学者のマーガレット・ミードによって報告されたサモアの「ムス」は、相手がこちらの期待した行動をとってくれない場合の理由づけとしてよく登場する。（なんと近代社会的な説明！笑）　消極的な拒否のように見える一時的な鬱状態である。だが、サモア人の理解としては、「ムス」は避けようのない運命であり、当人の意思とは関係ないものなのである。平安時代の日本でいうなら「行きたいと思っていたのに『物忌み』になってしまったので行けません。」という言い訳があったが、それに似ている。「ムス」はジョーカーのようにあらゆる不作為を申し分なく説明してしまう。相手や周囲も「ムスなら仕方ない」と諦める（しかない）。当人を恨むこともない。たまたま外から訪れてきてしまった不意の来客のようなもので、そもそも当人の責任ではないからだ。&lt;br /&gt;
　「ムス」の社会的機能は明らかだ。社会の緊張を高めないように働いている。&lt;br /&gt;
　私たち近代人はそれを「精神病」の一種と見なすのだが、その見方は「地球から見ると月が欠けて見える」のと同じ一面性を免れていない。月から見ても地球が欠けて見えるということを忘れている点で、実に能天気で不正確な認識なのだ。（例えば『パパラギ』参照）&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　「非定型うつ病」が何ものであるか。誰も知らない。そういう症状及び診断名は現代社会が要求したのだ。昔私たちが「狐憑き」を生み出したのと同じ構造だ。&lt;br /&gt;
　そしてかつての祈祷師あるいは神官の位置には精神科医が座っている。彼らは祈祷や煎じ薬や特殊な手法（身体中にマグロのすり身を塗って犬に舐めさせてキツネを追い出すやり方もあったという。キツネに憑かれるのは女性が多かったから、裸の全身にベトベト塗って舐めさせるというのはかなり倒錯的だ……）を用いて「うつ」を追い出そうとする。そればかりか彼らは「正常」な人々に向かって「病気」の広がりについて警告を発してくれる。彼らが見つけた「病気」が広がっているのだ、と。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　精神医学には「現存在分析」学派というものがある。社会の構造の関数として人間存在を捉え、その人間存在と世界との関わりのひとつの型として「精神疾患」を捉えようとする。&lt;br /&gt;
　「反精神医学」という流れもあった。今は否認され抑圧されて皆忘れたフリをしているが、精神疾患は私たちの西欧近代思想そのものに内在する暗部であるという見方はラディカルで今も魅力的だ。&lt;br /&gt;
　病気になった個人に問題があるという見方は一面的に過ぎるということは多くの精神医学者が日々感じていることだと思う。ところが、今やグローバル化の浸透の中でアメリカ流のDSMを無視できず、製薬会社の深謀遠慮にも対抗できず、「それでも地球は動いている」とつぶやきながら（？）、嘘っぽい「共通語（DSM）」に沿って記述し、ガイドラインに従って薬を処方するという流れに身を任せてしまっているというのが標準的な医者の姿だ。そればかりか、その流れを強化する「啓蒙活動」に乗り出して説教を垂れる医者が続出する有様だ。つまり周囲も「神官」の言葉を拝聴したがっているということだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　だが、そもそも精神医学者が、一般の常識人よりも人間や社会について深くてまっとうな洞察を持っていると見なす根拠はどこにもない。&lt;br /&gt;
　若い頃私が教わった医者は「私たち精神科の医者は、異常を見つめることで、その異常の小さな穴を通じて正常な世界を垣間見ているに過ぎない」とよく言っていたが、実に謙虚で良心的な態度であったと思う。その医者は自身が躁鬱傾向を抱えていることを認めつつ「うつ病の患者のことは自分に似ているので比較的よく分かるのだが、分裂病（今は統合失調症と呼ぶ）の患者のことはいまひとつ分からない」「自分の調子がよくなると患者もよくなり、患者が悪くなると自分も気分が落ち込む」と「異常者」の世界に関わることの難しさも述べていた。&lt;br /&gt;
　そういう良心的で相対主義的な立場からは、「何も確かなことは言えない」ことになってしまうのだが、それこそが私たちが精神異常の世界について知っている確実なことなのだと思う。精神科医は製薬会社にではなく、むしろあやふやな自分自身にこそ誠実であるべきだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　バブルの吐き出しバルブはこの社会の側にある。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>医療</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-21T01:02:20+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/aoi-7e1a.html">
<title>AOIの夢</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/aoi-7e1a.html</link>
<description>《リード》 いいライブは心の栄養。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
いいライブは心の栄養。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　静岡は思ったより近かった。新横浜からひかりで50分。ＡＯＩは目の前だ。ただ上階のホールまではエレベータでの移動となるので既に長い列ができていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「見ればスーツ姿の方もチラホラ。どういう言い訳をして職場を抜けてここへ来てくれたんでしょうか（笑）……そういうことも含めて本当にありがとうございます。」&lt;br /&gt;
　嬉しかった。平日の夜のコンサートだ。なかなか行けるものではない。挨拶は当を得ていた。そして急上昇する彼女に付いていくのは大変だった。そのヒートアップにジャズに不慣れな観客は取り残されていった。&lt;br /&gt;
　普段はアメリカを拠点にしているから、日本ツアーもあるが大半は海外だ。二週前はテルアビブでだったと語っていた。&lt;br /&gt;
　こじんまりとしてステージも低く、ウォームでアットホームな会場で、彼女は「思いっ切り飛ばす」と決めていた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　選択は間違ってなかった。各地からここをピックアップしたのにはもちろん理由がある。&lt;br /&gt;
　以前にも書いたが、チック・コリアとのピアノ・デュオが武道館であったとき、およそジャズを楽しむ環境ではなかった。席もよくなかったが、ハコの巨大さがそもそも不釣り合いなのだ。（武道館は何度か行ったがいい思いをしたことがない。音楽向きではないのだと思う。「Ｋ１」にこそふさわしい　笑）　アルバムのメロディアスで歯切れよい印象との落差に「こんなはずではない」という悔しさが残った。以来いい生演奏を聞きたいと思ってきた。&lt;br /&gt;
　候補に考えた会場は他にもあった。まずはサントリーホール（東京・六本木）。クラシックならベストだが、ジャズにはやや大きい。少し遠いが東海道新幹線の沿線ならなんとかなる。候補は、大阪、京都、名古屋、浜松、静岡。「ベストの会場は？」と真剣に考えた。&lt;br /&gt;
　静岡に決めた。会場が駅から近いということもあったが、何より彼女の地元だからだ。仕事を早めに切り上げれば日帰りで大丈夫。ホールの小ささがちょうどいい。それにプレオーダー抽選の確率が、東京や京都よりはよさそうだ。　&lt;br /&gt;
　当たった！　Ｋ列の右寄り。表情がよく見えるいい席だ。丸みが特徴の気持ちいいホールだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　彼女——そう、ジャズピアニストの上原ひろみである。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　初めて聞いたのはＣＤ「Spiral」。この夜の演奏でもそのタイトル曲のフレーズが顔を出していた。渦に吸い込まれていくスリリングなフレーズだ。&lt;br /&gt;
　演奏が佳境に入って来ると、上原はまるで黒人のように見えた。身体の動きが。表情が。腕の筋肉の細やかで強烈な動きが。たくましい腕だ。獣のような表情。気取りはない。自由な野生が衣を破って剥き出しになる。色白で小柄な体とアンバランスなものがほとばしる。ブラックだ。リズミカルに震える筋肉だ。&lt;br /&gt;
　演奏の度にピアノを壊すという伝説の山下洋輔を思い出した。だが私が見た時の山下よりも今日の上原は凄かった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ジャズライブとは？　上原は「８割かそれ以上がアドリブ」と言っていた。演奏前のスケッチはごくラフなものに過ぎない。出だしと主題。始動した後は自分の中で踊り出し跳ね回る暴れ川に身を委ねる。精神も身体もごっちゃになって流れ始める。&lt;br /&gt;
　地元に来るととてもリラックスするのだと言っていた。そうだろう。地元静岡で演奏するということに彼女自身が感激していた。泣いてるみたい。&lt;br /&gt;
　アメリカを拠点に毎年のように世界中をツアーする生活——イスラエルの前はパリ。パリの前はスペイン、カルタヘナにパルマ。その前はロス。売れっ子は辛い。どこへでも出向かねばならない。どんなに売れていても昨日と同じように受け入れられるかどうかはわからない。気候も食べ物も違う。言葉もろくに通じない。孤独と不安の中でやり遂げねばならない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　武道館の時とは雲泥の差だった。当然だろう。故郷でのソロコンサートで満席だ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最初のＭＣがよかった。「遊牧民のような生活を送っている私が、皆さんをひろみトラベルにお連れします」——曲想に土地のイメージが浮き出て来る。アメリカのフリーウエーは激しく飛ばし、フランスのシュークリームは甘くてサクサク。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ピアノは彼女にとって十全な楽器とは言えないのかもしれない。激しく足踏みする。箱の中に手を突っ込む。箱をたたく。弦を指で弾く。表情は派手に変化する。目も鼻も口も全開。ゴリラのように喘いでいる。女のゴリラ。メスではない。女は抜けてない。アフリカンな女だ。黒人歌手のように豊かな表情で、黒人ダンサーのようにリズミカルに、黒人ベーシストのようにうなり、黒人ボクサーのように舞った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　帰りのひかりの車内販売嬢は珍しく美形だった。酔っぱらいのサラリーマン。外人の夫婦。冷めきったカップル。仲良しの女友達。英語とフランス語が聞こえてくる。&lt;br /&gt;
　前の席のカップルは女性がずっと席を外している。前に行ったり後ろに行ったり落ち着かない。席にいるときもしゃべらない。その気まずい雰囲気がいたたまれないのだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　演奏者としてのライブの醍醐味を、ある人は「スポットライトの魔術」と言っていたが、実は光が問題ではない。自分に集中する精神の志向性こそがライトだ。観客の眼差し、笑顔、感嘆、拍手それらすべてが魔術なのだ。魔術にほだされた忘我が魔術の空間を作る。みんな夢の中。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ひろみ、君の急上昇について行ったぜ。……でも、まだ先がある。鍵盤のひと押しひと押しに絡まって立ち上がる哀感と色気が、欲しい。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>音楽</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-18T19:08:50+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-44a9.html">
<title>言葉と貨幣３</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-44a9.html</link>
<description>《リード》 内閣府のアンケート調査が発表になり、新聞の一面には「子供は必要ない」...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
内閣府のアンケート調査が発表になり、新聞の一面には「子供は必要ない」の見出し。&lt;br /&gt;
貨幣経済、グローバリゼーションの浸透は容赦なく、家庭の溶解にまで至ろうとしている。&lt;br /&gt;
そうした中で家庭はどうなっていくのか？　男は、父親はどうなって行くのか？&lt;br /&gt;
合い言葉は「子どもとアショぶ！」&lt;br /&gt;
シリーズ最終回。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　我が家の子どもたちはキリスト教系の保育園だったので、保育園では食事の前に必ずお祈りをして「アーメン」と言ってから食べていた。そのやり方を家にも持ち込んでお祈りのまねごとを女の子の方はやったことがあるが、一時的だった。男の子の方は家ではやらなかった。&lt;br /&gt;
　二重の基準があったということだ。家と保育園。我が家はかなり徹底した無神論なので、ギャップは相当なものだったはずだ。でも保育園に負けたりはしなかった。保育園もそんなことは十分承知していた。親に敵うはずがない、と。それでも自分たちの方針はきちんと守ろうとしていた。ある意味立派である。&lt;br /&gt;
　キリスト教は好きではないが、キリスト教者の一種誠実な面には信頼がおけると思っている。だが、保育園をそこにしたのは別の要素からである。建物や遊び場、周囲の環境……それらが決定的だった。高圧線が近くを通っているのは少し気になったが、それほど近いわけではなかったから、良しとした。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　保育園は単なる子どもの「一時預かり」の場なのではない。そこで育まれるものがあるのだから、単純に貨幣に換算しえないある種の豊かさが必要なのだと思う。私たちが保育園を選ぶ際に求めたのも、それだったと思う。十分に光が降り注ぐ園庭だったり、園庭に植えられている木々だったり、遠慮なくはしゃぐことができる立地だったり、まとめて言えば「思いあふれる雰囲気」である。&lt;br /&gt;
　最近は保育園が不足しているために値切りした条件で認可をしたり、基準自体を切り下げたりということが行われているようだが、問題である。子どもにはうんと贅沢な環境を与えたい。ただ無事に過ごせるだけでは不足だ。ここ数年「小泉規制緩和」の切り下げが影響してか、保育園で亡くなっている子どもが急増しているという報告がある。貨幣に換算することしかできない頭で役人を働かせるのは間違いである。思いを汲み取れる役人、思いを乗せた言葉が通じる役人を育てなければなるまい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「世界で一番」のコンピュータをどうするかが予算の見直しの場（事業仕分け）で話題になったが、「世界で一番」の子育て環境を整えたい。子どもが減って来ている今こそ舵切りのチャンスである。「みんなで子どもを育てて行こう」という雰囲気の社会に脱皮したい。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その世界一の子育て環境の一部をスケッチしてみよう。&lt;br /&gt;
　「好きな人の子どもを産みたい」——女性の思いに衰えはないはずだ。2002年の調査での「結婚への意向の割合」を見ると、「いずれ結婚するつもり」と回答した比率は男女とも90%以上。一方、「一生結婚するつもりはない」と答えた男女は、それぞれ約6％。５年前より下がっている。（国立社会保障・人口問題研究所「出生動向基本調査」）　求める思いは男女とも衰えているわけでない。課題のひとつは「いい出会い」のチャンスを増やすこと。もうひとつは、先にも紹介した「出来ちゃった婚」の増加に象徴的に現れている踏ん切りのつかなさを乗り越えて決断を後押しする仕掛けを作ること。職場間交流、異業種交流など事業所ぐるみでのチャレンジを積極的に進めたい。それと並行して手紙の復権がポイントになろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　色々な形の子育てを支える環境。&lt;br /&gt;
　ひとつは保育を支える社会的なインフラの充実。保育園、ベビーシッター、保育室、子育てグループなど多様なサポート体制を整えていく必要がある。バラエティに富んだ保育園の存在、誇りを持って働く保育分野の人々。小学生の保育をサポートするための学童保育クラブ。保育園と労働現場の接合も考慮しなければならない。両親が揃っていなくても独りで子育てができる環境。&lt;br /&gt;
　離婚が年間２０万組を越える昨今である。（離婚を肯定する考え方も浸透して来ている：電通総研の「世界価値観調査2005」参照）　片親が病死したケースも含め、母子家庭・父子家庭をサポートする体制が望まれる。経済的な支援と同時に再婚を促す仕掛けが必要である。（既に日本の婚姻の１／４は再婚……）&lt;br /&gt;
　そして最大のキイ・ポイントは男性の生き方である。&lt;br /&gt;
　働き方の見直しが必要だろう。特に子育て年代の人々が子育てのために十分な時間を投入できるように、社会全体の意識変革を進めなければならない。&lt;br /&gt;
　貨幣の獲得を唯一の切り札とするような父親の権威づけの時代は終わった。言葉と「趣味（または道）＝遊び」における先達としての機能が見直されなければならない。&lt;br /&gt;
　子どもと遊ぶこと（Ａ）。子どもと食事をすること（S）。子どもと風呂に入ること（H）。子どもに読み聞かせすること（Y）。子どもを保育園に送っていくこと（Ｏ）。&lt;br /&gt;
　まとめて「子どもとＡSHYＯぶ（あしょぶ）」！&lt;br /&gt;
　これを全ての父親またはその代理である男性のノルマであり喜びであるようにすること。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　子どもとそうやって付き合って行く過程で沸々と生じる思いと言葉のギャップの狭間で、必死に言葉を紡ぐ父親となること。それは女性との付き合いにもプラスに作用するだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　従来の〈家庭〉のイメージにこだわっていると「負担」にしか映らない結婚・子育てが、男性（父親）と社会が変容して新しく布置し直されることで、「負担」ではなく「生き甲斐」として輝き出すと思う。&lt;br /&gt;
　〈父親〉を象徴するキイ・ワードが〈貨幣〉から〈遊び〉へと変わる！&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>男と女</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-16T00:39:16+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0b7e.html">
<title>言葉と貨幣２</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-0b7e.html</link>
<description>《リード》 内閣府のアンケート調査が発表になり、新聞の一面には「子供は必要ない」...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
内閣府のアンケート調査が発表になり、新聞の一面には「子供は必要ない」の見出し。&lt;br /&gt;
貨幣経済、グローバリゼーションの浸透は容赦なく、家庭の溶解にまで至ろうとしている。&lt;br /&gt;
そうした中で家庭はどうなっていくのか？　男は、父親はどうなって行くのか？&lt;br /&gt;
その第２弾。まだ続きます。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　かつて小学校が広がって行ったとき、「うちは学校なんかに行かなくていいのだ」と頑張った父親がいた。しかしその牙城は次第に崩されて行った。そういう学校文化の浸透過程が、グローバル化の進展の典型であろう。&lt;br /&gt;
　保育園もグローバル化に貢献している。保育園という代理機能を介することによってその家庭独自の育児方針を貫くことは困難になっていく。家庭のアジール機能は低下していく。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　放した伝書鳩が家に帰るということに大きな期待や願いを賭ける人がいることは良く知られている。鳩は人にとって未知の空路を飛んで行くわけだから、世界の探索という意味がある。「ノアの方舟」でも放した鳩は世界についてのサインをもたらした。&lt;br /&gt;
　中国では朝になると街角の公園に年寄りたちが各家自慢の鳥の鎮座する立派な鳥籠を持って集ってくる。自分の飼っている鳥の声の美しさを自慢し合うのである。&lt;br /&gt;
　考えてみれば、人間にとって、動物を通じての世界との接触は大きな意味を持っている。釣り糸を垂れ、浮きの微妙な動きや竿に伝わる微かな振動を通じて魚の動きを感知するというのも、世界の探査であり、魚という異世界とのコミュニケーションという側面を持っている。鳩についても同様で、鳩の微妙な差異に注意を払い、エサや通風に気を配り、糞を観察して健康状態を推測し、不可視の飛行を想像し、空路を思い描く行為はやはり世界とのコミュニケーションであろう。非常に偏った人間中心のアプローチでしかないのだが、そのアプローチは、鳥の声を美しく仕上げる過程も同様だと思うが、それなりの修行を要する「道」としての体裁を整え、様々なコツや秘技めいた知識が蓄積されていくことになる。&lt;br /&gt;
　そして注意を要するのは、それらの世界の探索ないし道がもっぱら男性（父親）によって担われてきたという事実である。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　普段ならざっと流すように眺めて通り過ぎていくところを、ひとつの面にひっかかってその面の微妙な凹凸、カーブ、色合い、感触などを微分していく。そこにひとつの新たな世界が開示していく。それが「道」というものだろう。その「道」の特徴のひとつは、その道を極めた人にしか分からない境域がある点にあるが、一方、他の人にその境域が全くもって計り知れないものなのかというとそんなことはない。名人芸は無知の人を感化する力を持つ。「必ず」という副詞を添加できないのは残念だが……。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　茂木健一郎が『思考の補助線』（ちくま新書　08）に「表現として高度の洗練と達成を求めるほど、言語圏の奥へと入り込んでいき、他の言語圏の人には不可視な場所に取り込まれていってしまう。そのような言語の仕掛ける罠を思うとき、私は他のどのような事態からも受けないたぐいの打撃を受け、深い絶望を感じる。……およそ言語という制度の上に乗っかっている限り、それがどのような言語であれ、右のような『言語の罠』からは逃れようがないという真実を直視するとき、胸の底から込み上げてくる不安は、ホモ・サピエンスとしての私たちの存在自体に内在する脆弱性へとまっすぐにつながっている。」と書いていたが、彼は大事な点をひとつ書き落としていたと思う。掘り下げていったときに出現する美は普遍性をもっているということである。落語の面白さは日本語を母語とし鑑賞に熟達した人と同じように外国人が味わうことはできなくとも、その境域の高みを感じ取ることは可能なのだと思う。例えば初めて聞いたアフリカの素朴な打楽器演奏に心奪われるという経験は十分想像できる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　貨幣は、それに比べると奥行きはない。&lt;br /&gt;
　普遍性をもつというとはそういうことだろう。偽札作りが趣味にならないわけではないが、それはペットの飼育や釣りに比べれば、コストこそかかるだろうが薄っぺらで、文化と呼ぶに値しないチャチな物まねに過ぎない。つまり貨幣について「道」のようなものは考えにくい。あるとすれば貨幣の手持ち量をいかに増やすかについての道であろうが、それはむしろ「技術」と呼ぶべきものであろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　貨幣の獲得という点でいうなら、今や主婦のパートも高校生のアルバイトも当たり前だ。世界の探索という点でも、携帯電話やPCによるゲーム世界やネット世界の探索、獲得した貨幣による各自の趣味世界の形成などかつてなかったルート、規模で拡大中である。従って相対的に父親の所有・支配機能は低下し、それと並行する形で家のアジール機能は衰えて来ている。ネットアクセスの制限を市販ソフトに頼らなければならない時点で、〈父親〉は拡散している。&lt;br /&gt;
　その父親の拡散は実は家庭の拡散とイコールなのだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　現代のグローバリゼーションは、例えば「英語を話せるようになりたい」という幻想の拡大浸透に象徴的に表現されている。英語を話すことは「道」ではない。技術である。求められているのは言葉のように見えて言葉ではない。ひとつの技術が過大な幻想を従えるということ。これは茂木氏が嘆いて見せたのとは逆のところに今の深刻な問題が存在していることを示している。&lt;br /&gt;
　茂木氏は、深さの追求は広さへの希求と二律背反であることを人間の弱点として指摘していたが、ここで確認しうることは、深さは広さに底で通じているのに、広さの方は深さに通じてはいないことによる危機である。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>男と女</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-14T00:39:37+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-f174.html">
<title>ほろ酔いのお手伝い</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-f174.html</link>
<description>《リード》 ペシャワール会の手伝いで、加藤登紀子ほろ酔いコンサートに行って考えた...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
ペシャワール会の手伝いで、加藤登紀子ほろ酔いコンサートに行って考えたこと。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　ペシャワール会の事務局から依頼されて関内ホールに手伝いに行って来た。&lt;br /&gt;
　毎年やっている加藤登紀子の「ほろ酔いコンサート」ツアーの横浜公演の夜である。ホール入口では来場したすべての客に日本酒をふるまうという粋な計らいがある人気の企画である。加藤登紀子はもう65歳くらいだろうから、ファンの方も高齢で、私と同世代か少し上といった感じであった。私の高校からの友人が大ファンで、よく熱くオトキさんについて語っていたから、私もいつの間にか感染して関心は持っていたと思う。「知床旅情」はともかく（笑）、「この空を飛べたら」とか「百万本のバラ」とかはいい曲だと感じていた。&lt;br /&gt;
　そのオトキさんが、長らくペシャワール会の会員で（知らなかった！）、今回のツアーでは募金を全てペシャワール会に寄付することにと決めたので、トキコ・プランニングと打ち合わせの上、ペシャワール会でも各地の会場に宣伝・募金要員を派遣することにしたのだそうだ。しかし実際に動ける会員は多くはないので、会員外の私にもお願いが来たのだった。当日集った有志は２０名弱。うち会員が何人いたかは知らないが私が集めたのは全て会員外である。&lt;br /&gt;
　友人からは「５人集められないか」と言われ、１０人ほどにメールを送ったのだが、反応はよかった。８人からすぐに返信があり、うち５人は「OK」。だが、うち一人は実は体調が万全でないことがわかり、こちらからお断りした。遅れてさらに一人から「OK」があったが、これもお断りした。だから私たちのグループ（？）は私を含めて注文とおり５人だった。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　コンサートでは「中入り」の休憩の前にオトキさんが今年の８月にアフガニスタンの村で農業支援中の伊藤和也さんが亡くなったことにも触れながら、中村哲医師（ペシャワール会代表）の平和に徹するアフガニスタン支援の姿勢への共感を熱く語っていた。&lt;br /&gt;
　その甲斐あって、休憩時間の募金活動での反応は良かった。特に年配の女性の反応が良かったように思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　アフガニスタンでは現在113000人のアメリカとNATOの軍がアフガニスタン正規軍と共にタリバーンの掃討作戦と治安維持活動に当たっているが、先日アメリカのオバマ大統領はさらに30000人の増派と2011年７月までの撤退を同時に発表した。NATO（現在約45000人。イギリスの9000人が最大勢力）もそれに呼応して7000人の増派を決めたと伝えられている。（09.12.05　AFP；但し現在2900人駐留のフランスは「１名の増派もしない」としている。）&lt;br /&gt;
　アフガニスタン議会で演説したアメリカ軍の現地司令官は、「増派される兵員はアフガン軍の訓練にあたり、それ以外の兵員はイスラム原理主義組織タリバンの勢力が強い同国南部と東部に展開する」と述べ、「2010年夏までに同国の治安は大幅に改善する」との見通しを示したのだそうだ。（09.12.04 AFP）　日本政府もオバマ戦略を歓迎する声明を平野官房長官が早速発していた。（12.02）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　会の拠点のあるペシャワール近辺はこのところ自爆テロなどタリバーンによると見られるテロが途切れることなく続いている。ペシャワール（パキスタン）からアフガンに通じるカイバル峠は長らく外国人は立入り禁止になっているという。２０年前に山の帰りにそこを通ったのだという山男も私の呼びかけに応えて来てくれたのだが、カイバル峠を懐かしんでいた。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「誰もが行きたがらない所に行き、誰もがやりたがらないことをする」という会のスローガンはいかにも中村哲氏らしいものだ。今回「ほろ酔い」の手伝いをと声を掛けてきた私の友人も現地での支援に名乗りを上げた際には、この実にインパクトの強いメッセージのことを何度も言っていた。うわついた気持ちで来て欲しくない、困難に満ちた仕事が待っているのだ、それでも行こうという人がいるはずだ、と語っているスローガンである。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　私は知らなかったが、美智子皇后も会員だそうで、そればかりか04年５月には、中村哲氏を皇居に招いて、天皇皇后そろってアフガンの最新事情の説明を乞うたのだそうだ。二人は「当初予定されていた２時間という懇談の時間をおよそ３０分間オーバーして熱心な様子で耳を傾けられた」と報道されたそうだ。（「高世仁の「諸悪莫作」日記」より）&lt;br /&gt;
　しかも伊藤和也さんの死に際しては真っ先に弔意を表し、皇后はその日の予定をキャンセルしたのだという。&lt;br /&gt;
（「フロイデ」http://susumuito.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post_76d5.htmlより）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　どこに日本の道を探すべきかは非常にデリケートで難しい問題だが、例えば読売新聞なんかを読んでいるとアメリカからカネもらって書いてるんじゃないかと思われるような論説に出会ってびっくりする。皇室をヨイショする記事も多いが、皇室の方はアフガンへの関心の持ち方ひとつを見ても、彼らよりずっと先の方を歩んでいる気がする。単純に右派／左派という区分けをしても意味のない時代になってきたが、右派を民族主義・国粋主義、左派を国際主義と位置づけるなら、天皇皇后の関心はどうやら左派（国際主義）に傾いているように思われる。そしてその関心の持ち方は実に正しいのだと思える。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　アメリカの国際戦略を支え、それに追随することしか考えられない人々（自民党右派など）がこれからも勢力を保ち、その考えに固執して中村哲氏の言葉を黙殺する道へと日本を誘導して行くとするなら、アフガニスタンの民衆は救われないであろう。そしてその「アフガン」とは日本の沖縄や貧しい人々の象徴でもあるのだと思う。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>経済・政治・国際</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T18:49:50+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a4ac.html">
<title>ベルギーより入る</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-a4ac.html</link>
<description>《リード》 「ゲント美術館名品展」を観てベルギーとヨーロッパの絵画の空間について...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
「ゲント美術館名品展」を観てベルギーとヨーロッパの絵画の空間について考えた。&lt;br /&gt;
０５年の原稿に手を入れたもの。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　ベルギーの美術史については無知なので、「西洋近代美術のなかのベルギー」との副題の冠せられた今回の名品展のカタログを参照してみると、大雑把に言って、イタリア、フランスの強い影響を受けて来たことがわかる。その定見に従うならば、以下にいくつか述べることも、ベルギー独自の空間についての考察というより、イタリア・フランス、つまりは代表的なヨーロッパ空間についての考察となってしまうことだろう。&lt;br /&gt;
　といいつつもやはり、比較的ベルギーの独自性が発揮されていると言われている、ベルギー独立（1830年）以後の風景画にまず着目してみたい。そこで目立つのはメランコリックな色彩、光である。印象派の影響が見られるのだが、それが明るく華やかな空間の創出に向かわず、むしろ沈鬱といっていい暗さ、静けさが強調されている。（cf.ブーランジェ「嵐のあと」1870、サン＝マルタン「ブランケンベルへから見た北海」1871）これがベルギー的空間の特徴と言ってよさそうである。&lt;br /&gt;
　「仮面の画家」として出発し、後にベルギー印象主義の代表と目されるようになったアンソールも、暗い、不安を予兆させるような空間を描いている。（「アトリエのウィリー・フィンチ」）&lt;br /&gt;
　一方、それとは正反対の傾向の絵画も存在する。「ベルギー・ルミニスム（光輝派）」と呼ばれる画家たちの作品である。（アンナ・ウェールト「６月の私のアトリエ」、ジェニー・モンティニ「庭師」）&lt;br /&gt;
　今回の作品展に出品された作品がたまたまそうだったのかもしれないが、光輝派の作品はいずれも夏を主題にしている。ベルギーの夏の強い光が光輝派を支えていたのかもしれない。しかも上記２作品は共に女性の作品で、極端な美化がされている点でも共通している。&lt;br /&gt;
　現代の人々にとってベルギーの代表的な画家といえば、まず真っ先に浮かぶのはルネ・マグリットではないいか。ジョルジュ・ミンヌも多くのファンがいるから彼を挙げる人もいるかもしれない。&lt;br /&gt;
　いずれにしても、その特徴は、光輝派のような華やかな明るさというよりは、内省的な静けさや落ち着きにあるであろう。ベルギー絵画の空間の特徴はやはりその辺にありそうである。これが彼の地の気候・風土とどうつながっているかについては興味のあるところだが、管見なので断念せざるをえない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　さて、最初に戻って、ヨーロッパ絵画の空間の特徴だが、先行研究など文献的資料については省略して（実は大した知識を持ち合わせていない　笑）、専ら今回の展示作品に即して見て行くこととしたい。（それしかできない！）&lt;br /&gt;
　ヨーロッパ絵画空間の特徴はその写実主義的態度によって一番特徴づけられる。遠近法的描写によって空間が人間の視覚的特徴に沿って再現される。それがデファルメされたり、一部が強調（または無視）されたりして様々な表現流派の消長を見る訳だが、基本にあるのは写実である。しかも描かれる空間を丁寧たどると、そこには単に写実的というにとどまらないいくつかの特徴が見て取れることに気付く。&lt;br /&gt;
　まず第一には、顔への執着である。これは東洋の美術にも見られる特徴であるが、東洋人の顔の作りと西洋人のそれとでは大きく違うことによるのか、東洋の場合は遠近法的奥行きは必須ではなく、平面的にあっさりとした扱いになっているケースが多い。しかし、西洋画においては顔は立体的な凹凸をもった実に興味深いものとして常にしつこいほど丹念な観察に基づいて丁寧に描かれるのが普通である。他の部分については簡略化がなされていても顔だけは強いこだわりを感じさせる描画になっている。（ガスリー「村の子どもたち」、ウーステイネ「田舎娘」など）　人間存在の捉え方が東洋と西洋とでは違っていたことが推測される。背景からの立ち上がり方が違う。&lt;br /&gt;
　次に、空（そら）への執着である。風景画においては特にそうである。画面の半分以上が空という絵が実に多い。（ヴォーゲルス「海辺の眺め」、レイセルベルへ「ケンプ地方の湿地」など）　空を大きく描くことにはどういう意味があるのだろうか。それは上向き視線の強調であろう。空との関係で地上のものの位置取りが決定するという捉え方の背景には一神教があるというと飛躍だろうか。つまり、アニミズムを脱した一神教的空間が絵画には描かれている。&lt;br /&gt;
　第三に、奥行きの強調である。これは第一第二の特徴とも関連するのだが、西洋においては、三次元的な世界を二次元の平面（キャンバス）にどう再現するかという困難な主題から離れられないところで画が描かれてきた。あっさりと平面を描いてしまう東洋的な立場から見れば、その執着の度合いは異常と映るほど強烈である。立体的な、三次元的な、時間経過的な、従って二次元の世界にうまくプロットしにくいことをいかにうまく描くか、という「問」が西洋絵画の底にあるということである。その問から画が生まれたということだろう。これはおそらく洞窟画の時代から続いている。それゆえ彼らは日本の浮世絵の世界に仰天してしまうのである。その平面への居直りにギクッとしたのであろう。まずは断念ありきの世界。それでいて微かに漂う奥行き感が新鮮だった。潔く断念することによって匂うように漂ってくる奥行きという逆説。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ジャポニズムは、西洋画に逆立ちした新たな世界観の発見の衝撃を示す事件であった。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>文化・芸術</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-13T00:47:38+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-f791.html">
<title>ひと晩限りの契約</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-f791.html</link>
<description>《リード》 WiMaxを導入した。その報告。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
WiMaxを導入した。その報告。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　WiMaxによる接続に成功した。東京都区内だから十分望みがあった。挑戦は成功した。スピードも十分満足できるレベルだ。測定サイトの数値では下り７Mbps、上り2Mbps程度である。&lt;br /&gt;
　以前からMobileの無線通信には興味を持っていた。第一、合理的である。ラインの引き込み工事などのインフラの整備に伴う工事が不要である。その分身軽に乗り換えも出来る。ランニングコストは安いとは言えないが、利用が拡大し適正な競争状態になればそれも今より安くなることが期待できる。問題はスピードだった。以前やっていたPHSによる通信では公称値でさえ100Kbps程度だったから、よほど我慢強くなければ実用的とは言えないレベルだった。実測値は通常公称値の１／１０程度だから、PHSでスピードテストはやったことがないから確実なことは言えないが、おそらくは１０Kbps程度だったことだろう。少なくともその１００倍、つまり１Mbps程度（下り）は欲しいところだ。&lt;br /&gt;
　以前ADSL専用回線だったとき、公称値が５０Mbps程度で実測で１〜２Mbpsだった。基地局から遠かったから１／１０も出なかったのだが、そのときは事前の調査で覚悟していた予測の範囲内だったので文句を言う気にはなれなかった。今自宅では、光接続で1Gbpsというふれこみだが、公称100Mbpsだった時と大差ないスピードで、測定値は数十Mbps（下り）である。ストレスはほぼない。むしろ仕事場でのネット接続時の遅さにイライラさせられる（笑）。息子も大学や大学の友人の家の遅さに驚くと言うから、大雑把に言えばトップクラスの速さだと思う。だが、実のところ100Mbps近く出ていても、体感的には数Mbpsと極端な差があるわけではない。速さの差が実感される事態はそれほどの頻度ではない。つまり通常のネット検索程度では、５Mbps程度出ていれば問題ないと言える。イラツくとしても大きめのソフトをダウンロードする時くらいだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　但しWiMaxには高いハードルがあった。高価格の通信用専用機器とサービスエリアの狭さである。&lt;br /&gt;
　通信機器が２万円とかいうのはいただけない。拡大が難しかろう。なにせスピードの保証がないのだ。自分が使おうとする場所でやってみないと繋がるかどうかさえ分からない。これで「２万円投資せよ」というのは明らかにムリがある。「契約すればキャッシュバック」とか、契約するという前提で少し値引きとかいう工夫もあったが、全く話しにならない。自分たちのシステムの欠点を理解していない愚かでお粗末な戦略だと思った。タダで通信機器を配るくらいのことをやらなければエリアの広さで優勢な先行グループ（ｅ−mobileなど）を追い越せるわけがない。先行グループの方がむしろ危機感からか、100円パソコンとセット販売などアッと驚く戦略で新規顧客を獲得している。しかし、e−mobileはネットで実測値を見ると、残念ながらストレスなく使えそうなレベルではない。つまりスピードに問題がある。これは致命的な欠点である。WiMaxはその点公称40Mbpsだから、場所にもよるが実際の使用でもでも実用レベルが期待でき、ネットで見たポイント実測値も期待を持たせるレベルだった。しかも近い将来さらに速くなるという話しだから、将来性では明らかに勝っている。そしてようやく最近になって1000円程度で通信機器を手に入れられるようになったので、私も手を出してみたわけだ。&lt;br /&gt;
　もうひとつのハードル、サービスエリアについてはまだまだ拡大して行ってもらいたい。私の場合は自宅では先ほども紹介したように光接続なので当面必要ないが、もし安く、しかもここと同じ速度で接続できるようになるなら乗り換えにやぶさかではない。だが、ここと同じレベルの接続環境を広い地域で保障していくためにはインフラの整備にかかるコストが問題になるのだろう。同心円の外の帯になればなるほど面積は広くなり、単位面積あたりの顧客は減る計算だから、都区内でさえ速度にムラがある現状から推測するなら、私の家にこの環境が届くのにはまだ数年を要するだろう。しかもその「数年後」にはさらなる競争相手が出ていることだろうから、早く拡大しないと先頭に出る前に敗退してしまうことだろう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私が無線接続にこだわらざるをえなかったのは、実家での週末での生活という二重生活を支えるためである。都区内の実家にいる母親が認知症になり、日常でも様々な支障が出て来ているので、私が毎週末に来て話し相手になったり、一緒に買い物をしたりというサポートをしているのだが、泊まりに来ると、母親は早寝早起きの生活なので、私は夜は一人で自由に時間が使えるのだが、ネット接続できる環境がなかった。週末だけ接続するのに常時接続は必要ない。しかもADSLは共用回線による干渉で電話に悪影響が出ることがある。専用回線や光は無用の長物。つまりWiMaxの「１day」契約システムは私の今のニーズにピッタリだったのだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　これで実家でもネット接続が可能になった。ただ今使っているPCは一時不具合で、いつダウンしてもおかしくない代物である。ネックはそこだが、少なくとも今日は好調なので、しばらくは持ってくれるだろう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この原稿は記念すべき実家から初めてのアップである。&lt;br /&gt;
　１日600円。一晩限りの契約はもう少し安くてもいい。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>パソコン・インターネット</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-12T23:26:40+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e5ab.html">
<title>枚方パーク</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-e5ab.html</link>
<description>《リード》 眠っていた作品を見つけたので少し手を入れてみた。耳の少し遠いあなたに...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
眠っていた作品を見つけたので少し手を入れてみた。耳の少し遠いあなたに。&lt;br /&gt;
（推敲が足りなかったので再度手をいれました。タイトルも変えました！　ますます字数オーバーに　笑……翌日です）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　中学の時、クラスメートに耳が少し遠い女の子がいた。三つ編みにした髪を左右に垂らした可愛くて明るい表情の子だったが、いつでも声が普通より大きくて、そのことを尋ねた時、「うち、耳がよく聞こえへんの」と言ったのでわかった。&lt;br /&gt;
　その子はどこかのんびりしたところがあって、よく周りから早くするようにせっつかれていた。耳のせいかいつも前の方の席だったので、授業中観察していると、先生の話がよく聞こえないのか、ぼんやりもの思いに沈むような表情になることがあった。下を向いていると心配になった。しかし、顔を上げたときは決まってキリッとした表情で、そういうまっすぐな視線を感じると私も観察にうつつを抜かしているわけにいかなくなった。&lt;br /&gt;
　席替えがあって私の前の席になると、彼女は授業中、よく後ろを向いて私に質問した。その声が大きいものだから、私はちょっと照れくさかったが、答えるのは誇らしくもあったので、大きな声で説明してやった。それがうれしかったのか、毎時間のように彼女はほとんど真後ろを向いて、分からないことを私に聞くのだった。先生もそれを制止しなかった。もっとも彼女が後ろを向くのは、決まって先生の説明が一区切りついて、練習問題にかかったり、ノート整理をする時間だった。&lt;br /&gt;
　休み時間にもときどき一緒に遊んだ。でも小学校時代のように女の子と男の子は絶えず一緒にいるわけではなかった。僕ら男連中は「あいつらすましとるんや」と中学の制服を身に着けたとたん冷たく大人っぽいポーズを身につけた女の子たちの悪口を言い合った。それでも時には一緒にドッチボールをしたり、追いかけっこをしたりすることもあった。一緒に遊ぶ時彼女はいつも控えめで、リーダーシップをとろうとはしなかった。僕も引っ込み思案だったので、いつも活発なリーダー格の男の子の後に従っていた。彼女は別の小学校だったので小学校でどうだったかは知らなかった。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　ケネディが暗殺された号外を見た頃だった。僕は日本の首相のことはよく知らなかったけれど、アメリカの殺された大統領のことは印象に残ったので、美術の時間にケネディの絵を描いた。絵は得意ではなかったのだが、なぜかその絵だけはなかなかの出来で、クラスの中でもちょっと評判になった。      &lt;br /&gt;
  キューバ危機のころからケネディ大統領は茶の間でもちょっとした話題であった。固唾を飲んでニュースに食い入る両親の姿を見て緊張も味わっていた。山場を乗り越えた時のホッとした表情の和みは子供心にも伝わって訳もわからぬままはしゃいだ。よかった。ケネディはやったんだ、と思った。&lt;br /&gt;
　そういう英雄の絵を彼女もしみじみと見て、「そっくりやわ」と言ってくれた。うれしかった。そう言われて鼻がピクピク動いた気がして恥ずかしかった。でもなぜか先生の評価は高くなくて、ガッカリした。先生はもっと抽象画っぽい、感覚的な絵。画家でいうならセザンヌやゴッホのような荒っぽいタッチの、写実的とはとてもいえない絵を取り上げて誉めていた。「そうか、芸術なんや」と思った。&lt;br /&gt;
　ケネディは僕の中で英雄だった。堂々と自信に満ちた表情でエネルギッシュに語る姿が印象に刻まれていた。中身はわからなかったのだが、とにかくカッコよかった。&lt;br /&gt;
　でも彼女はケネディの顔は知っているもののそれほどカッコいいとは思っていない風で、私が熱を込めて崇拝ぶりを話してもフーンという気合いの入らない表情だった。&lt;br /&gt;
　学年がかわりクラス替えが間もなくという頃、クラスのお別れ会をすることになった。リーダー格ではないが、私と小学校も同じで、おせっかい好きのおしゃまな女の子が幹事役を買って出て、声を掛け始めた。私はすぐ一緒に来るように誘われたが、耳の遠い彼女は誘われていなかった。私がオシャマに「Kさんを誘ってもええかな」と聞いたのだ。すると「おしゃま」の顔色が一瞬曇り、ひと呼吸置いてから、「ええよ」という答えが返ってきた。そしてすぐに「でも遊園地やから、お金がかかるんよ」と付け加えた。僕は知らなかったが、Kの家はお金がないのだろうかと思った。「なんぼ？」と聞くと「入るのに３００円。電車賃が１２０円。中で乗り物乗ったりしたら、もう少しかかるんや」という返事だった。６００円とするとこづかいのほぼひと月分だ。貯金箱から出さなければ足らない。でも、それでもせいぜい５００円だ。それを一日で使ってしまうなんていいのだろうか。不安になった。我が家はたぶん少しくらいならお金はあるが、遊園地に行くから余分に欲しいなんて言い出せないと思った。彼女の家がうちよりも困っているとすると、どうなんだろう。そんなにかかるのだったら彼女を誘ったら迷惑かもしれない、と思い直した。そこで思わず「ほんなら、ええわ」と言ってしまった。すぐ後悔したが、もう遅いと思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　枚方パークへのお別れ遠足は、少しも楽しくなかった。お金を使うことに慣れてないせいか、「もったいない」という気持ちばかりが先にたって、乗り物にも乗らなかった。ただ遊園地の中を行ったり来たりした。鬼ごっこはやった。でもそれは学校でだってできることだ。それでも一緒に行った仲間は楽しそうだった。僕は、耳が悪くさえなければ彼女も誘われただろうか、それともお金が問題なのか、と思った。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　その答えは容易に出なかったが、僕はその子の真っ直ぐに人を見つめる目が好きだった。そうしないとよく話しが聞こえないからなのかもしれない。でも気持ちのよい開かれた明るい表情だった。そして「そっくりやわ」と言ってくれた彼女の大きな声も心に刻まれた。&lt;br /&gt;
　お金がないとしても誘えばよかったと思った。それにはオシャマに負けない気迫が必要だったのに、僕はいつもそういう「あとひと押し」が必要なところで諦めてしまうクセがあった。自分の小遣いをすべて差し出す覚悟があれば誘えたのに、あのとき色々考えはしたのに、咄嗟にそういう決断をすることはできなかった。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　耳が少しくらい悪くても、少しくらい不器用でも、いつも顔を上げてきりっとしてろ、と言ってやりたかった。そうすれば僕の大好きな君でいるのに。でも言えなかった。クラスが替わって間もなく僕は家の都合で遠くの町に引っ越さなければならなくなった。&lt;br /&gt;
　最後の日、クラスの男の子や女の子たちが僕の周りに集って、「手紙書くで」「遊びに来いや」「さびしいわ」と口々に別れの言葉を投げかけた。僕は沈んだ気分で、でも高揚していた。無意識に君の顔を探していた。他のクラスになってしまってからろくに顔も見かけていない。この学校は１年だけで１３クラスもあるのだから無理もない。やはりきりっとした明るい表情の君はいなかった。&lt;br /&gt;
　周りを囲む誰の目も顔も声も君の真っ直ぐな笑顔ほどには僕の心を捕まえないと思った。１年の時のように正面から大きな声で僕を呼んで欲しいと思った。そうすれば転校しなくてもすむような気さえした。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>作品</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-07T22:36:38+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-85e1.html">
<title>言葉と貨幣１</title>
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<description>《リード》 内閣府のアンケート調査が発表になり、新聞の一面には「子供は必要ない」...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
内閣府のアンケート調査が発表になり、新聞の一面には「子供は必要ない」の見出し。&lt;br /&gt;
貨幣経済、グローバリゼーションの浸透は容赦なく、家庭の溶解にまで至ろうとしている。&lt;br /&gt;
そうした中で家庭はどうなっていくのか？　男は、父親はどうなって行くのか？&lt;br /&gt;
もう一つのシリーズ（うつ病バブル）が終わらないうちにさらにやっかいなテーマを始めてしまった……（苦笑）&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　「結婚しても必ずしも子どもを持つ必要はないか」との問いに「賛成22.5％、どちらかといえば賛成20.3％」という回答で、特に20代、30代で賛成率が高かったという。（内閣府09.10調査）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　この結果をマスコミが描くように、「子どもはいらない」ムードの蔓延とは捉えたくない。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　精神主義を説こうとは思わないが、まずは「思い」。結婚の前にまずは思いを育てなければならない。思いとはなんだろうか？　言葉なしには思いはない。思いは貨幣に支えられているのだろうか？　いや、思いは第一義的には言葉に支えられている。&lt;br /&gt;
　貨幣はどちらかと言えば、思いの対極にあるもののように考えられる。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　思いを萎えさせるものは何だろうか？　障害だろうか？　そうではあるまい。障害はむしろ思いを深め、強める働きをするだろう。絶望だろうか？　確かに絶望は深い穴のようにエネルギーを吸い取ってしまう。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　土場学氏は次のように述べていた。（「ポスト・ジェンダーの社会理論」青弓社　99刊）&lt;br /&gt;
「産業化の進展に伴い、性役割軌範と性別分業制度を下地にして、父親は経済システムの主体としてますますそのなかに取り込まれていく。核家族のなかで父親は不在となり、母親がもっぱら子どもの養育を担当することで母親と子どものあいだの関係は濃密になる一方で、父親はますます疎遠な存在となる。しかし、父親と母親および子どもとのあいだのコミュニケーションは稀薄になる一方で、〈貨幣〉は実質的にもっぱら父親が専有する。……すなわち、母親と子どもはなにをするにつけても潜在的および最終的には父親の承認が、すなわち〈貨幣〉の承認が必要となる。しかもさらに、経済成長という名のもとで経済システムの圏域が拡大するに従い、具体的には家事や育児や教育の社会化というかたちで、家庭生活におけるもろもろの行為がどんどん〈貨幣〉の支配下におかれていく。」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　父親は不在であるからといって機能していないのではない。象徴化した〈父親〉が〈貨幣〉として機能している。土場氏は指摘していないが、〈父親〉は〈巣〉としても象徴され機能している。〈家〉を確保したのは彼だからだ。不在であるが故に支配する〈父親〉。だが、それはもはや〈父親〉の名に値しないだろう。影の薄い〈父親〉は〈貨幣〉イメージに置き換えられてしまったのだと思う。ミイラ取りがミイラになったというわけだ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　貨幣を持ち込み、家庭を貨幣の世界へと引きずり込むのも父親の役目なら、貨幣から家庭を守るのも父親の役目だった。「アジール」としての家庭の機能である。だが、その機能も家屋という器を作り、居心地のよい空間を内部に抱え、扉を閉ざす具体的な工作物や仕掛けがあればこそなのであるから、究極的には貨幣の力に依るとしなければならない。だからその家庭に父親が物理的にも心理的にも不在であるならば、父親は抜け殻となって貨幣だけが存在感を増すことは必然であろう。&lt;br /&gt;
　つまり、現在の市場主義による家庭の「荒廃」は父親の存在感の衰えと相関しているのだと思う。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最近、家庭の諸機能が貨幣経済の門下に次々に下っていくという事態を迎え、それではマズい、「家庭の復権を」と掛け声がかかる訳だが、そこでよく語られるのは、その〈父親〉カードに着目して、「父親を家庭に引き戻そう」作戦である。これがうまく行くならば確かに一定の効果をもたらすに違いない。仕事一辺倒の働き方を改めて、家庭に早く帰り、休日もきちんと休んで家庭で過ごし、育児休業もとってもらう。&lt;br /&gt;
　孤独で不安な妻の精神的支えとなり、子育てや家事の物理的負担についても、分かち合えれば今よりはうまく運ぶようになるだろう。だが、これがうまくいくかどうか、疑問が少なくとも二つある。第一には、歴史を振り返ってみたとき、こういうパターンでうまく行っていたことがあったのかどうか、である。農家では男女が協力して働いていたから似た側面があったが、男女差別が根強かったので、平等には程遠かった。第二には、女性と同じような機能を男性である〈父親〉に求めて行くことが現実的なのかどうかである。「男も女と同じようになれ」というのでは〈男〉の自然に反する部分があるように思えるということだ。つまり、理屈は理解できても、現実にはなかなか拡大が難しいと思われる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　では現実の展開を考えたとき、新しい家庭像の手がかりはどこに見られるのか。&lt;br /&gt;
　私の周辺で最近結婚したカップルについて考えてみると、半数は「できちゃった婚」であった。統計的な数字で見ても約１／３はそうなっているという報告がある。&lt;br /&gt;
　つまり、結婚の後に妊娠・子育てが来るという前提で立てられた冒頭の内閣府の問いを支える枠組みが成り立つのかどうか怪しい事態に至っているということだ。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「妊娠でもしなければ踏ん切りがつかない。」——結婚前、ある女性はそうつぶやいていた。それは女の踏ん切りであろう。そこでは男は付いて行っているだけのように思える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　最初の問いに戻ろう。&lt;br /&gt;
　思いを育てるものは何だろうか？　言葉である。物語である。&lt;br /&gt;
　貨幣は思いを支えるだろうか？　支えはしない。やはり言葉が支えるとすべきである。&lt;br /&gt;
　では、思いを萎えさせるものは何だろうか？　絶望であろう。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　絶望へ至る道を塞ぐこと。言葉を、物語をシャワーのように浴びること。浴びさせること。&lt;br /&gt;
　政治も大事だが、やはり〈家庭〉というカードが切り札になりそうだ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>男と女</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-06T21:34:38+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-147e.html">
<title>言語を支配する</title>
<link>http://shiedon.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-147e.html</link>
<description>《リード》 クロロキン薬害から現代の医療体制に切り込む。</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;《リード》&lt;br /&gt;
クロロキン薬害から現代の医療体制に切り込む。&lt;/p&gt;&lt;p&gt;《本文》&lt;br /&gt;
　青林舎が1980年に制作した「薬に病む－クロロキン網膜症－」というドキュメンタリー映画がある。（監督は小池征人）&lt;br /&gt;
　クロロキンという薬は1934年にドイツで開発されたが、毒性が強いため使われないまま放置されていたが、第二次大戦中にアメリカが抗マラリア剤として再発見し、マラリア限定で使用されるようになった。日本でも1955年に輸入販売され、61年に慢性腎炎や慢性関節リウマチ、てんかんなどに適応症を拡張して形ばかりの審査を通して、以来製薬会社4社によって大々的に発売されるようになった。患者に大量に投与された結果「クロロキン網膜症」という眼の障害を引き起こし、薬を止めても障害が進行し治療法もないという悲劇の谷底に多くの患者を引きずり込む結果になった。腎炎などへの効能もほとんど見られなかったという。&lt;br /&gt;
　しかも日本での大量販売が始まる以前に「網膜症」の事例が報告され（最初の報告は59年のイギリスの論文）、日本でも議論があったにもかかわらず、60年代を通じて製造・投与が継続されたため被害は拡大した。厚生省がクロロキン剤を「劇薬・要指示薬」に指定したのが67年、添付文書に「網膜症の副作用の危険性」についての記述を求めたのが69年、製造が中止されたのは74年である。&lt;br /&gt;
　映画に登場した一人の男性は、７年半の間に8000錠近いクロロキンを投与されていた。彼がクロロキンを止めたのはイギリスの医学雑誌が網膜症の報告をしてから13年経ってからであった。「輪状暗点」「島状視野」といった極度の視野狭窄を伴う進行性の障害である。&lt;br /&gt;
　しかもこの事件には皮肉なエピソードが伴っている。厚生省の製薬課長が日本の学会で網膜症の副作用について討議された直後にクロロキンの副作用を怖れて、それまで服用していたクロロキンを止めたというものである。それは65年のことだったと言われている。&lt;br /&gt;
　そういう経過にもかかわらず、最高裁は95年に国の責任を否定する判決を下している。&lt;br /&gt;
　クロロキン網膜症にかかった人は約1000人。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　「働きたいんです。とりあえず働いて……病気のことなんか忘れて一生懸命働こうとしてるんです、ぼくは。それをこの病気がじゃまして、働かさないように働かさないようにするんです。」&lt;br /&gt;
　「あのね。結局は普通の人ならば結婚、就職それから進学、それがほらなんていうの、未来があるでしょう。……それがわたしたち、わたしにはないって感じで、……やはり結婚となったら、……しない方がいい。好きにならない方が」&lt;br /&gt;
　被害者となった労働者と若い女性の言葉だ。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　この薬害はもう半世紀近くも前のことだから、今は改まっているはずだと考える向きもあるかもしれないが、楽観は禁物だ。&lt;br /&gt;
　薬害エイズが発生したのは70年代後半だったし、つい最近も肺がんの「特効薬」という触れ込みで大量に使用された抗ガン剤イレッサ（02年発売）の審査を巡る疑惑が明らかにされた。別稿でも指摘したが、抗うつ剤の急激な消費量増加（99年以降）の背後には製薬会社の販売攻勢があったと言われている。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　薬剤ビジネスの闇は一向に明らかになっていない。&lt;br /&gt;
　いずれの場合も共通しているのは、製薬会社の都合（利益確保）が優先して、患者の健康がないがしろにされるというパターンである。製薬会社は医者や研究者を抱え込んで、自らに都合良いデータをまとめ上げ、役所も丸め込み、とにかくたくさん売れる道筋を付けようとする。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　医者がしっかりしていれば砦になるのだが、最近の診療は奇妙である。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　「どうしましたか？」「カゼみたいなんです」「なるほどノドが赤いですな」「夜咳も出て苦しいんです」「なるほど」「熱も少しあります」「わかりました。ノドと咳と熱のお薬を出しておきましょう」&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　なんか変だ。&lt;br /&gt;
　コンピュータの世界では、コンピュータに理解できる機械語で命令するために（機械語は機械の都合に合わせたものなので極めて難解だから）「C言語」などの「言語」でもって命令を書き込み（「プログラム」と言う）、それを「コンパイラ」というソフトウェア（いわば通訳）を使って機械語に翻訳して、命令を伝える。&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;　ちょうどこれと同じ構造が患者および医者と薬剤との間には成り立っている。&lt;br /&gt;
　今その共通コードを仕切っているのが製薬会社なのである。コンパイラは通訳に過ぎないのだが、言語の書き方に制約を加えることができる。つまり医者をコントロールできる。医者に一定のコードを書き込ませれば、あとは自動で薬を導き出すことができる。&lt;br /&gt;
　元は違ったのだろう。訴え、症状、病因に即してどんな薬剤が求められているかという調査があってそれから、薬剤の開発があって、使ってみての情報収集があって、修正が入って……というようにコミュニケーションが際限なく続く過程に薬も置かれていたはずだ。&lt;br /&gt;
　ところが「売れそうだ」と一旦巨額を投じて開発したとなれば、何がなんでもそれを売らねばならない。適応症の拡大が求められる。医者の頭の支配が求められる。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　私はカゼに罹っても医者には行かない。薬は身体によくないと思うし、治るのは薬によってではないと信じるからだ。&lt;br /&gt;
　だが、幼い我が子がカゼをひいても医者にも見せないで頑張っているようでは保育園とうまくやっていけない。&lt;br /&gt;
　&lt;br /&gt;
　「医者」というコードを通して「通訳」された言葉でしか「作動」しない社会になっているということだ。しかしそこに落とし穴は掘られている。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>医療</dc:subject>

<dc:creator>シードン</dc:creator>
<dc:date>2009-12-06T13:43:32+09:00</dc:date>
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